「結局のところ、僕は、厭きているのだと思います」
何度目かもわからない、懲罰房への訪問。その日、扉越しの僕に、君はこう言ったのだった。
懲罰房といったって、僕が何をしたわけではない。あくまでその中にいるのは君で、僕はいつも君を訪ねる側だった。命令違反、サボタージュ、そして監視を掻い潜っての脱走。塔で一定の権限を与えられている僕らではあるが、君の行動は上の目にも余ったようで、ことあるごとに君は懲罰房に押し込められていた。
でも、その日の君も全く悪びれた様子もなく、偏光眼鏡の下で僕と同じ形の目をきらきらさせていた。
僕には理解できない。
「厭きたって、何に?」
「僕を取り巻く全てに」
懲罰房での僕らの会話は、きっと父さんや上に筒抜けだ。それを知らない君でもなかったと思うけど、君はいつも通りに饒舌だった。
「疑問に思ったことはありませんか? 僕らがどうして造られたのか。僕らがどうして生きているのか。淡々と、上から命令された行動をこなしていく意味。その全てを」
「考える理由がない。考えなくても、困らないから」
「君のそういうところ、ちょっとだけ羨ましいですよ……」
僕はそんなにおかしなことを言っただろうか。
思っていると、君はそっと息をつく。男とも女ともつかない顔の中で、ちいさな唇が、微かに笑みを模った。
「でも……僕は、疑問に思っていたい。この疑いを、消したくない。この『懐疑』がなくなったら、僕は僕じゃなくなってしまう気がするのです。それこそ」
こつり、と扉に額を当てて、君は囁く。
「君と同じものにもなれずに、消えてしまう気がするのです」
結局、君の言っていたことの全てが、今でも僕には理解できずにいる。
それでも――これから僕は、君の物語を、語ろうと思う。
他でもない、僕自身のために。
うたかたの断章