シトラスムーン・ドリミンガール

テクノマンサー:01

 ――ある日、夢について問われた。
 
 夢は叶えるものではない。
 そして、どんな夢もいつかは覚めるもの。
「夢ってのはそういうもんだよ」
 煙に満ちた空気の中、男はほとんどが燃え尽きてしまった煙草を灰皿に押し付け、溜息と共に紫煙を吐き出す。男の目を覆っているのは最新型のバイザー型ディスプレイ。その向こうからこちらを見つめる少女に向けて、男は語る。
「なら、人はどうして夢見るの?」
 少女は不思議な顔をして、橙色の瞳で男の瞳を覗き込んだ。それも全てはディスプレイの中に作られた画像なのだが、データであるはずの少女の表情はまるで生き物のようにめまぐるしく動く。
 呼吸などしていないはずなのに、その息遣いまでもが感じられそうだ。
「覚めるなら、夢なんて見なきゃいいのに」
「どうして、かあ……」
 くしゃくしゃになった箱から最後の一本となった煙草を取り出し、指先でくるくると回す。もう片方の手でテーブルの上においてあるはずのライターを探しながら、言葉を紡ぐ。
「確かにお前から見りゃ、不可解極まりないかもしれねえな。でも、人はそうやって夢を抱えて生きてんだよ。俺もな」
「叶わないのに? 覚めちゃうのに?」
「ああ。わかっていても、俺にとっては大切なもんだ」
 男の言葉に少女は首を捻る。やはり難しすぎたかもしれないな、と男は思って苦笑する。
 やっと探し当てたライターで煙草の先端に火をつけ、新しく生まれた煙を肺一杯に吸い込む。少しばかりの酩酊感を楽しみながら少女を見やれば、少女の橙の瞳の中には不思議な色が宿っていた。
「なら、叶えばもっと幸せだよね。覚めなければ、ずっと幸せだよね?」
 確かに、言ってしまえばそういうことになる。
 ただ、夢が叶った未来、覚めない夢を見る未来を想像してみてから、男はゆるゆると首を横に振る。
「そういうわけでもないと思うけどな」
「何故?」
 何故、か。
 その問いに対する答えを男は知らなかった。いや、胸の中で何かが確かに叫んでいるのだが、それをどう言葉にすればいいのかわからなかった、というのが正しい。
 煙を吸って、吐いて。
 何かしらを答えようとした頃には、少女の姿は消えていた。突然現れて、突然消える。あの少女にはいつものことであったから、男はディスプレイの電源を一度切って額の上に押し上げ、煙草を吸い終えてから仕事に戻ることにした。
 
 ――そう、いつものことであったから。
「……アイツ、どこに行った」
 気づいたのは全てが始まってからだった。