一つ、《種子》の安全は何よりも優先されること
二つ、《種子》に必要以上の情報を与えないこと
三つ、先の条件に抵触しない限り《種子》の望みは可能な限り叶えること
その頃の僕は十四歳で、《鳥の塔》の兵隊で、ある《種子》を運ぶ旅の途中だった。
僕にとって《種子》九条鈴蘭は《鳥の塔》から指定された護送対象であり、それ以上でも以下でもない。でも、その日、僕はこの旅を始めてから初めて、鈴蘭を「頼る」ことに決めていた。
「鈴蘭」
机に向かって何か書き物をしていた鈴蘭は、ぱっと顔を上げて僕を見た。右側だけの大きな目が、普段以上に見開かれて僕を見つめる。
「どうしたの、ホリィ?」
ホリィ。ホリィ・ガーランド。僕の名前。
鈴蘭の声は、いつだって歌うようで。僕は、それが僕の名前であることを、つい自分自身で確かめずにはいられない。
ホリィ。それが単なる識別名称でしかないのは、誰よりも僕が一番よくわかっている。それでも、名前というものは、この肉体と同じように、僕を僕であると規定する大切な要素なのだと父さんは言う。
その言葉の意味を、僕は、理解しているとは言えないけれど。
とにかく、僕の名前を歌った鈴蘭は、目の前で不思議そうに首を傾げていた。こちらから話しかけたのだから、僕が話を切り出さなければ進まないのだと、一拍遅れて気づいた。
「鈴蘭に、一つ、頼みがある」
僕の言葉に、鈴蘭は突然背筋を伸ばして、神妙な顔になった。引き結んだ唇には、鈍い僕にも見間違えようのない緊張が満ち満ちている。
……一体、どうしてそんな顔をするんだろう。
不思議に思いながらも、僕は、どうしても鈴蘭に頼らなければならないことを、思い切って言葉にする。
「実は」
「実は?」
「弟へのおみやげを、考えてほしいんだ」
「……おみやげ?」
ことの始まりは、僕の片割れのわがままだ。
僕には十九人のきょうだいがいるが、その中でも「片割れ」は特別だ。僕と同一の遺伝情報を持つ、たった一人の双子の弟。
だけど、その片割れは、僕にはさっぱり似ていなかった。レシピも材料も全く変わらないにも拘らず、だ。
その片割れが、僕に言ったのだ。
「おみやげを持って帰ってきてほしい」、と。
これはれっきとした任務であり、旅行ではない。だから、おみやげなんて、考えてもみなかった。
でも、首都から離れたことのない、きっとこれからも離れられないだろう片割れにとって、僕の任務はただ「羨ましい」ものとして映っていたのかもしれない。
かくして、片割れは僕におみやげを求めた。せっかく裾の町の外に出たのだから、と。
普段の僕と片割れならば、僕がその願いを突っぱねて終わるところだった。実際に、そうすべきだった。
けれど、久しぶりに通信機越しに言葉を交わした片割れは、明らかに様子がおかしかった。きょうだいの一人が死んだと言って、激しく取り乱していた。全く心が動かなかった僕の方がおかしいのではないか、と錯覚するくらいに。
だから……、と、言うべきなのだろうか。
僕は、今回だけ、片割れの願いを叶えることにした。例外を認めるなんて、僕らしくもないけれど。それでも、僕がおみやげを持って帰ることで、少しは片割れの心が晴れればいいと、祈っていた。
――祈って、いたのだ。
以上の内容を説明すると、鈴蘭は「なんだ」とほっとしたように息をついた。その他人事のような態度に、少しだけむっとする。
実際、鈴蘭にとっては他人事なのだから、当然といえば当然だ。けれど、何故だろう。頭の中に片割れの悲痛な言葉が蘇ってきて、思わず不機嫌な声が出てしまう。
「なんだ、って何だよ」
「だって、ホリィ、とってもむつかしい顔してたから。わたし、またホリィとジェイに迷惑かけちゃってるのかな、って不安だったんだよ」
「迷惑なんて、一言も言ったことはないと思うけど」
「でも、わたしのせいで、足を止めさせちゃってばかりだから」
そう言ってしゅんと俯く鈴蘭を見ていると、どうにも、胸の奥がちりちりする。これは、先ほどのむっとする感情とはまた違う、いつもの苛立ちだ。
九条鈴蘭は、生まれつき身体が弱い。それは事前調査で既に明らかだ。その鈴蘭と、この環境に最適化された僕や、長らく戦場で過ごしてきたジェイを比べること自体が馬鹿馬鹿しい。鈴蘭の足に合わせて旅をするのは、僕やジェイからすれば必然である。鈴蘭が、気に病む必要は一つもないのだ。
ないのだと、いつも、言っているのに。
「君は、考えすぎだ。僕やジェイは、迷惑だなんて思っていない。だから、そんな顔はしなくていい。君は辛ければ辛いと言っていい。僕らの手を引いていい。それで足を止めることを、僕らは当然の任務として認識しているんだから」
何度も、何度も繰り返した言葉。鈴蘭を安心させるために投げかける言葉。なのに、鈴蘭の表情は、晴れない。僕には、そんな鈴蘭が未だに理解できないでいる。
だから、僕は鈴蘭の不安を取り除くのを諦めて、僕自身の話を進めることにする。
「とにかく、僕は今、とても困っている。おみやげと言っても、僕はそういうものを選んだこともないし、もらうことを考えたこともない。だから、鈴蘭、君の考えを聞かせてほしい」
「わたしの、考え?」
「そう。君は、おみやげとして、何をもらえたら嬉しいだろうか」
下らない質問だと、我ながら思う。きっと鈴蘭も呆れただろう、と思っていたが。
改めて鈴蘭を確かめると、一瞬前まで俯いていたはずの鈴蘭は、大きな目をきらきらと輝かせて僕を見上げていた。
「わたしがもらって嬉しいもの、でいいの?」
「うん。僕は片割れじゃないから、片割れが求めるものはわからない。むしろ、君の方が僕やジェイよりよっぽど、片割れの感覚に近いんじゃないかと思ってる」
「ジェイには聞いてみたの?」
「一応。でも、ジェイの好きなものを持っていっても喜ばれないだろう、ってことがはっきりしたくらい」
「ジェイの好きなもの……。お酒とか、煙草とか?」
「そういうこと」
それはそうだねえ、と鈴蘭も苦笑する。僕の気持ちが伝わったようで何よりだ。
「そんなわけで、君の意見を聞きたい。どうだろう」
「おみやげ、だよね。わたしの好きなものはたくさんあるけど、弟さんは、どんなものが好きなの?」
「片割れの趣味は、よく知らない。僕が片割れについて知っているのは、本ばかり読んでいて、見たことのないものには何でも興味を示すこと、くらい」
「あんまり、ホリィとは似てないんだ?」
「よく言われるし、僕もそう思ってる。だから、君の方がまだ、わかるのかなって」
鈴蘭を見ていると、時々、片割れの姿が思い浮かぶ。目に映るもの全てに疑問を抱き、それが何であるか、どうしてそれが「それ」であるのか、と問いかけてくる片割れは、今ここにいる鈴蘭と、よく似ていたような気がするのだ。
鈴蘭は「そっかあ」と納得したのかしていないのかよくわからない返事をして、それから口元に細い指を当てて考えこんでしまった。
そんなに、真剣に考えるようなことでもない、とは思う。ただ、相談を持ちかけたのは僕の方だ。余計なことを言って、鈴蘭の思考を妨げるのもよくないと思い、黙って彼女の言葉を待つ。
でも、待たなければならなかったのは、ほんの数秒だった。
鈴蘭は、唐突に顔を上げて言う。
「写真! 写真とか、どうだろ?」
「写真……?」
写真。その言葉が、言葉通りの意味であることを理解するまでに、数秒かかった。けれど、言葉の意味が理解できても、どうして写真がおみやげになるのかは、わからない。不思議に思っていると、鈴蘭はにこにこ笑顔を浮かべたまま、言った。
「弟さん、首都から出たことないんだよね。それなら、外の風景とか、出会った人とか、首都にないものを撮った写真がおみやげになるんじゃないかな、って」
そんな発想は、僕にはなかった。
首都にないもの、というところまでは考えていたけれど、首都の外の事物そのものを写真に収める、という鈴蘭の言葉は、目から鱗が落ちるようだった。
同時に、片割れが好みそうな発想だとも、思った。
「なるほど。悪いアイデアでは、なさそうだ」
「本当? よかった」
鈴蘭は、僕から見てもはっきりと嬉しそうだとわかる笑顔を見せた。鈴蘭は、本当によく笑う女の子だ。僕は、どう笑えばいいのかも、よくわかっていないのに。
「なら、早速撮ってみようよ。ホリィは、写真機持ってる?」
「記録用のものならあるけど、私用に使うのは難しい」
僕が持っている荷物は、全て《鳥の塔》から支給されたものだ。そして、記録用のカメラは、帰りついた後《鳥の塔》に返し、中身を確認される。任務と無関係な写真を撮るわけにはいかない。
鈴蘭も僕の回答に納得したらしく、一つ頷いてから、こくんと首を傾げる。
「そっか、写真機も必要なんだね。どこかで買えないかな」
「それなら、さっき、商業区の古道具屋でフィルム式写真機を見たぜ。そいつでいいんじゃねえか?」
「ジェイ」
真昼間から酒の匂いをさせながら、ジェイがテーブルに寄ってくる。どうやら、僕らの話は聞いていたらしい。
「フィルム式写真機? 珍しいね」
鈴蘭が、目を真ん丸くして、ジェイを見上げる。僕もまた、椅子の上からジェイを見上げて、真っ先に思い浮かんだ問いを投げかける。
「わざわざ、旧いものを買う理由がある?」
現在、終末の国で使われている写真機は、ほとんどが《鳥の塔》による、統一規格の電子式写真機だ。僕が持っているのも、もちろんそう。フィルム式写真機は、言葉通りの「骨董品」と言ってよいはずだ。
しかし、ジェイはにやにやと笑いながら、
「懐古趣味な弟くんなら喜ぶだろ。首都でも、そうそう見ねえもんだし」
「――確かに」
あの片割れなら、もしかすると、喜ぶのかもしれない、けれど。
不思議そうに、鈴蘭が僕の顔を覗き込んでくる。
「弟さんは、旧いものが好きなの?」
「うん。よく塔を抜け出しては、僕にはよくわからないガラクタを抱えて帰ってくる。旧時代の遺物だって、自慢していたのは、覚えてる」
「すごい! きっと、弟さんの宝物なんだろうね」
鈴蘭は、俄然目をきらきらさせる。一体それが何であるのかもわからないというのに、鈴蘭の頭の中には、まだ見ぬ「ガラクタ」、もとい「宝物」が浮かんでは消えているに違いない。
僕には理解できない。理解できない――という点が、似ているのだ。きっと。
もしくは、それ以外のところも。
記憶の中にある片割れの姿を思い返して、その姿が、やけに小さく、壊れやすいものに感じられて。僕は、小さく首を振ってそのイメージを追い払って、立ち上がる。
「ホリィ?」
「何でもない。とにかく、その写真機を買いに行こう」
この地域では最も大きな隔壁なだけはあって、商業区は賑わっている。隻眼で遠近感が捉えづらいのか、どうも足元が不安な鈴蘭の手を取り、古道具屋の看板を探す。
すると。
「あっ、ホリィ、あそこじゃないかな。古道具屋さん」
鈴蘭が、通り過ぎかけた一つの店の看板を指差す。錆に覆われた看板をよく見れば、確かに『古道具屋』の文字が見て取れた。
人の波に流されそうな鈴蘭を引き寄せ、古道具屋のいやに重たい扉を開く。扉につけられたカウベルが鳴らす耳障りな音が、響く。
埃っぽく、外よりもぐっと光度が低い店内。僕らの他に客の姿はなく、所狭しと並べられているのは、僕の目から見る限りガラクタにしか見えない、煤けた品々だ。
ひと目でガラクタとわかるものもあれば、一体何の用途なのかさっぱりわからないものもある。
――それこそ、片割れなら、わかったのかもしれないけれど。
俄然目を輝かせて辺りをきょろきょろ見回す鈴蘭を横目に、そんなことを思う。
「いらっしゃい」
奥のカウンターから、背の低い老人が声をかけてきた。そちらに鈴蘭と一緒に軽く会釈を返すと、店主らしい老人は初めて僕らの姿を認識したのか、丸眼鏡の奥の目を瞬かせた。
「こりゃあまた、変わったお客さんだな。先ほどの派手な兵隊さんにも驚かされたが、今度は子供の兵隊とお嬢さんとは」
「派手な兵隊……、ジェイか」
「だね」
ジェイの姿は、とにかく目立つ。女性には珍しい長身に、銀髪のあちこちを鮮やかな色に染めた姿。それに、同じ軍服を纏っていても、胸のボタンが閉め切れないほどの豊満な胸部や、張り出した臀部が同性、異性問わず視線を誘うようだ。
射手としては無駄な脂肪としか思えないのだが。
そんなことを考えていると、鈴蘭が遠慮のない足取りで店の奥へと踏み込み、店主の前に立つ。
「こんにちは! あのっ、こちらに旧い写真機があると聞いてきました」
「ああ、あれかい?」
店主が顎で示したのは、煤けた硝子の嵌められた棚に置かれた、黒い箱だった。僕も知識としてしか知らない、フィルム式写真機。
「はい、あれです。売っていただけませんか?」
「ああ、構わんよ。だが、ちょいとお嬢さんには高いものだと思うが」
「ご心配なく。金はありますので」
本当は、任務に関係ない用事で使っていい資金ではないのだけれど。帰った後、使途の説明を求められることを考えると、少しばかり、気が重い。
けれど、そんな気の重さよりもずっと、片割れのイメージの方が、大きいのだ。
『ホリィの帰り、待ってますから』
そう言って、受話器の向こうで笑った片割れ。無理に、明るい声を作っていた片割れ。
こんなもので、君の気持ちが晴れるのならば――。
「写真機の使い方はわかるかい?」
店主の声が耳に届いて、僕は、初めてぼうっとしていたことに気づいた。
――らしくない。
鈴蘭は、そんな僕の様子には気づかなかったのだろう。僕の代わりに店主の言葉に答える。
「いいえ。教えていただけますか?」
「ああ、いいよ」
店主は立ち上がり、棚から写真機を取り出す。そして、興味津々と言った様子で手元を覗き込む鈴蘭に、丁寧に使い方や手入れの仕方を教え始めた。
それを、一歩離れたところで聞きながら、僕はどうしても、片割れのことを考えずにはいられなかった。
「素敵な写真機、買えてよかったね」
「うん」
「フィルムもあるだけ譲ってもらえたし、旅の間は困らないよね、きっと」
「そうだね」
「……ホリィ、何だかぼうっとしてるね、さっきから」
「そうかな。いや、そうかも。ごめん」
古道具屋を出てから、鈴蘭の手を引いて、宿に戻る道を歩いている。それは認識していたけれど、頭の中は全く別のことを考えている。
理性では、考えていても仕方ないとわかっているのに、上手く感情が制御できていない。
鈴蘭は、一旦手を離して僕の正面に立つと、不安げに顔を覗き込んでくる。その大きな目の中に、僕の姿が映っているのが、僕にもわかる。こんなことで護衛対象に心配されるなんて、未熟にもほどがある。
「具合でも悪い?」
「ううん、大丈夫。もう、平気だ」
嘘だ。嘘だけれど、これ以上鈴蘭を不安がらせるわけにもいかない。
鈴蘭は、納得いかないとばかりに小さく頬を膨らませたが、僕がそれ以上何も語らないとわかったのだろう。小さく頷いて、首に下げていた写真機を外して、僕に渡す。
「はい、ホリィ。弟さんに、いっぱい写真撮ってあげないとだよ」
反射的に受け取ってしまって、その見かけと異なる重さに驚く。フィルム式写真機の機構については先ほど古道具屋の店主が説明してくれたが、正直、僕の頭にはほとんど入っていない。
重さや触感を掌で確かめて、それから、写真機を鈴蘭に返す。
「いや、鈴蘭が使えばいいと思う」
「わたしでいいの? 写真なんて、ほとんど撮ったことないけど」
「僕も撮影は得意じゃないし、フィルム式写真機は初めてだ。なら、きちんと説明を受けた君が使う方がマシだろう」
それに――。
「それに、君の方が、ヒースが好きなものを見つけられそうだから」
ずっと、ぐるぐる考え続けていた。
片割れのこと。片割れが、何故、僕におみやげを求めたのか。
僕は、どうしても、片割れを理解できない。同じ材料とレシピで作られて、同じ頭文字を与えられて、全く同じ場所で育ったはずの、ただ一人の片割れのことが理解できない。
今まではそれが当たり前だと思っていたのに、どうしてだろう、今はただ、もどかしい。
ただ、いくらもどかしく思ったところで、片割れはここにはいなくて、僕が何を理解できるわけでもない。
だから、せめて。
片割れの横顔とどこか似ている鈴蘭の、視線の先を知りたい。
この、やけに重たい黒い箱を通して。
鈴蘭は、きっと、そんな僕の思いを知らなくて、淡い色の睫毛に縁取られた瞼を瞬かせて、にっこりと笑う。
「それじゃあ、ホリィ、こっち向いて」
「え?」
自然とうつむき加減になっていた顔を上げると、かしゃり、と。軽い音がした。見れば、鈴蘭が僕に向けて写真機を構えていた。
とすると、今の音はシャッター音だったのか。
「せめて、撮るって言ってほしかった」
「ごめんね。次からはそうする」
「それに、僕の顔なんて、ヒースも見飽きてると思うけど」
何しろ、この任務を受ける前までは、僕が上からの指示で数日《鳥の塔》を離れることがない限り、毎日顔を合わせていたのだから。
けれど、鈴蘭は、両手で写真機を構えたまま、ぽつりと言う。
「でも、旅に出た後のホリィのことは、知らないんだよね」
その言葉は、僕の頭の中にはなくて。
呆然とする僕に向かって、鈴蘭は笑顔で続ける。
「だからね、今、知らない場所で、知らない顔をしてるホリィの写真、きっと見てみたいんじゃないかなって思って」
知らない場所、知らない顔。
「場所はともかく、顔が変わるとは思えないけど」
「そんなことないよ。ホリィ、初めて会った頃より、ずっと、柔らかい顔になってる」
柔らかい顔とは、どんな顔だろう。毎日一応鏡は見てるけど、顔が変わったと思ったことはない。僕のことは僕が一番よく知っている、はずなのに。鈴蘭の笑顔を見ていると、「そうなのかもしれない」と思えてくるのが不思議だった。
「ね、帰ったら、今度はジェイも一緒に、三人で撮ろうよ」
「三人で撮るなら、誰かに撮ってもらう必要があるな」
「大丈夫! タイマーの使い方も教わったから!」
本当に大丈夫だろうか。鈴蘭はそそっかしいから、ちょっと不安だ。電子式写真機と違って、すぐに失敗を判定できないのも困りどころだ。
でも、鈴蘭にそんな不安は全くないのだろう。首に写真機をかけ直して、僕の手を引く。
「さ、帰ろう! ジェイが待ってるよ」
「うん」
いつもとはあべこべに、僕が鈴蘭に手を引かれながら。
僕はもう一度だけ、片割れの姿を思い浮かべ、僕が最後に見た彼の笑顔を思い出していた。
きっとまた、笑ってくれるといい。そう、祈りながら。
ちなみに、この時鈴蘭が撮った僕の写真は、現像の結果焦点が合ってなくて、見れたものではなかったことを付け加えておく。
アイレクスの絵空事