『異界』。ここではないいずこか、無数に存在し得るといわれる並行世界。
未知の領域を探査すべく選ばれたのは、刑の執行を待つ死刑囚Xであった。
目に見えない命綱だけを頼りに『異界』に飛び込んでいくXと、彼を観察する「私」の実験と対話の日々を綴る連作短編集。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
目には見えない命綱ひとつで『異界』へと潜っていく死刑囚X。
今日も「私」はディスプレイを通して彼の視点を共有する。
……時には『異界』を垣間見、時には他愛のない言葉を交わす。
Xと「私」の、特に名前のない日々を綴った短編連作。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
『異界』。ここではないいずこか、無数に存在し得るといわれる平行世界。
未知の世界を観測すべく選ばれたのは、刑の執行を待つ死刑囚Xであった。
目に見えない命綱だけを頼りに『異界』に飛び込んでいくXと、彼を観察する「私」の実験と対話の日々、もしくは、三十一の忘れられない道行き。
※綺想編纂館(朧)様( @Fictionarys )の2022年7月の企画『文披31題』の参加作品です。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
『異界』。ここではないいずこか、無数に存在し得るといわれる並行世界。
この国の片隅で、未知の世界を知る者たちの『異界』探索プロジェクトが密やかに進んでいた。
プロジェクトメンバーはリーダー、サブリーダー、エンジニア、ドクター、新人の五人、国からの監査官が一人、それから異界潜航サンプルが一人。
そんな少数精鋭のプロジェクトは、今日もつつがなく、あるいは少しの事件とともに進んでいく。
これは、歴史には語られない彼らの、『異界』と彼ら自身にまつわる三十と一の物語。
※綺想編纂館(朧)様( @Fictionarys )の2023年7月の企画『文披31題』の参加作品です。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
『異界』。ここではないいずこか、無数に存在し得るといわれる並行世界。
本来「あり得ざる」それを観測する異界研究者たちは、今日もそれぞれの姿勢で『異界』と向き合っている。
『無名夜行』番外編、最初の異界潜航サンプルXが去った後の、プロジェクトメンバーたちの「残響」を描いた連作。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
全てが「霧」から生まれいずる世界にて。
世界の最西端、辺境の地で燻っていた「俺」……最強最速の翅翼艇『エアリエル』を駆る「救国の英雄」ゲイル・ウインドワードは、遠い日に目指した「青空」の色を持つ人工霧航士、セレスティアと出会う。
新たな相棒との日々と迫りくる過去、そして霧の向こうの「青空」とは。
真と偽の果て、青空目掛けて霧裂く空戦SFファンタジー。
霧世界報告 / ファンタジー / SF / 空戦 / 異世界
ここではない世界。万物の根源が「霧」である世界。
女王国首都の雑誌社に所属するネイト・ソレイルは、今日も怠惰で奇矯な作家カーム・リーワードの首根っこを引っ掴んで仕事をさせる。
そうでないと、きっと、誰の手も届かないどこかに行ってしまうから。大事なことを、全部、全部、取り落としてしまうから。
女神歴九六九年、帝国との戦争が終わって五年。
これは、落ち着きのない作家先生と、そんな先生を追う新米担当編集者の他愛のない日常の物語。
霧世界報告 / ファンタジー / SF / 日常 / 異世界
「ごきげんよう、叔父さま」
霧深き女王国の果ての果て、雨の止まない土地にて。
監獄塔『雨の塔』の面会室で「私」が出会ったのは、姪を名乗る少女アレクシア。
彼女は完璧な笑みを浮かべて言う。
「叔父さまの知恵を借りたい」――と。
犯罪者の「私」と面会者のアレクシア。
本来なら交わるはずのない二人による、安楽椅子探偵ミステリもどき。
霧世界報告 / ミステリ / ファンタジー / ふしぎ / 異世界
ノンシリーズものの短めなお話をまとめています。
ジャンルは話ごとにファンタジー中心にSF、現代、メタフィクション風など雑多。気が向いたら増えます。
SF / ファンタジー / ホラー / コメディなど
時計うさぎの不在証明 / 甘味組曲 / さよなきどりはなかない /
《REC PLAY》
カーテンの隙間から、夜空高くに浮かんだ、真ん丸いお月様が覗いている。
その空の色と同じ毛並みをした黒猫のクロは、
「さて、どうしてくれようか」
床の上に無残に砕け散った陶器の破片を一瞥し、銀にきらめくひげを揺らす。
「どうしてくれようかー?」
横では、茶色い縞模様の子猫トラが、ぱっちりと目を見開いてクロの言葉を繰り返した。だが、この惨状が何を意味しているのかは、さっぱり理解していないという顔だ。
クロはやれやれとばかりに頭を振って、トラの狭い額を前脚でこつんとやった。
「お前はもう少し自分で考えろ。お前がやったんだろ?」
「やったんだろー?」
長くふわふわの尻尾をくねらせて、トラが復唱。それから、きょとんと目を見開いて間抜け面をさらす。
「なにを?」
やっぱり、何もわかっていなかった。クロは唯一真っ赤な舌で黒い鼻をぺろりとやって、足を畳んで座り込む。
「いいか、トラ。どうしてここに、いつもはないものが散らばってるか、わかるか」
「わかる……、ない」
「じゃあ、その前に、この上に何があったのかは覚えてるか?」
クロはくいっとあごを上げて、テーブルのほうを見る。トラもつられるようにそちらを見て、高らかに声を上げる。
「おぼえてるよ! まなの、みずのむやつ!」
水飲むやつ、というが、正確に言うなら水というよりコーヒーやココアを飲むためのマグカップだ。クロとトラによく似た猫が踊っている、かわいらしいマグカップだ。トラからしてみれば、水分を摂るための器はみんな「水飲むやつ」なのかもしれないが。
「そう、真菜のお気に入りの水飲むやつだ。で、それはさっきまでここにあったはずなんだが、どこに行った?」
「しらなーい。トラがうえにのっかったときには、あったよ?」
「テーブルの上には乗るなと散々真菜に叱られただろ」
「てへっ」
トラはまったく悪びれた様子もなく、小首をかしげてぺろりと舌を出している。かわいい。
話の流れというものを解さないトラに、どうこの事態を説明しようか尻尾を振り振り悩んでいたクロは、ふとトラに問うた。
「そういえば、さっき、何だか大きな音がしたな?」
「うん、おしりがなにかにぶつかって、がちゃーんっておっきなおとがして、びっくりしてわーってなっちゃった」
全身の毛をぶわっと逆立てて、その時の「びっくり」を再現して見せたトラに対し、クロは重々しく告げた。
「がちゃーんとなって、ここに散らばっているのは、真菜の、水飲むやつだ」
「え?」
「真菜の水飲むやつは、ばらばらにくだけて、こんな形になってしまったのだ」
クロはそのうち大きな破片を前脚でちょいとつついた。あわれ、楽しそうに踊っていた黒猫の姿もばらばらである。テーブルの上と床に散らばるマグカップの残骸を交互に見たトラは、もう一度、こくんと首をかしげた。
「トラがやっちゃったの?」
「そう、やっちゃったのだ」
「まな、おこるかなー」
「何しろお気に入りだったからな。真菜は怒るだろう。絶対に怒るだろう。真菜の機嫌を損ねたら、朝食も出てこなくなるかもしれない」
「えっ、あさのうまうま、たべられないの?」
「うまうまどころかカリカリも出てこないかもしれない」
うまうま、というのは缶のキャットフード。それに対してカリカリはドライのキャットフードである。巷の猫の例に漏れず缶に詰められたスープ交じりのご飯を愛する二匹だが、それ以前にご飯が出てこない可能性を知ったトラは、俄然目を真っ黒くした。
「それはこまる!」
「そう、私も困る。だから、どうにかして真菜の怒りを抑えなければならない」
「でも、どうするのー? こわれちゃったの、なおすの?」
「それは……、さすがに、難しいだろう」
何しろわれわれの前脚はニンゲンの前脚とは根本的につくりが違うのだ、とクロは前脚をトラに差し出す。クロの肉球はやっぱり黒い。トラはそんなクロの前脚に、自分の前脚を差し出す。ピンクの肉球と黒い肉球が触れ合う。E.T.か。
「私の言っていること、わかってないだろう」
明らかに面白がって肉球を押し付けているトラに、クロは呆れた声を出す。トラは「んー」というだけで、無邪気に大きな目をきょろきょろさせるだけである。
クロはそんなトラにわかるように説明するのを諦めたようで、前脚を降ろすと改めて足元の破片を見やる。
「真菜に気づかれないよう、この破片を隠すのも不可能だろう。直すよりは簡単かもしれないが、ここにマグカップを置いておいたのは他でもない真菜だ。無ければすぐ気づいてしまう」
「やっぱり、あさごはん、ぬきー?」
トラが悲しそうに尻尾を垂らす。まだ餌入れには多少の餌が残っているというのに、既に朝のうまうまが無いという未来を想像して、よだれを垂らしかけている。つられるようにクロもぺろりと口元を舐める。
朝ご飯抜き。それだけは、それだけは避けなければならない。既に考えることを放棄して、にゃあにゃあ悲しげに鳴くトラに対し、クロはじっとその場に伏せて、静かに考え続ける。ゆらーり、ゆらりと黒い尻尾が揺れて。
やがて、それが、ぴたりと止まる。
「……よし」
「くろ、なんかおもいついた!」
むしゃぶりつくようにクロに顔を寄せるトラ。クロはそんなトラの目をちらりと見て、やがて重々しく告げた。
「気づかれないのが無理だとすれば、取るべき手段はただ一つ」
「ひとつー? なになにっ?」
「マグカップなどどうでもよくなるくらい、真菜を喜ばせればいいのだ」
「よろこぶ? まなはどうすればよろこぶの?」
「それは、我々が一番よく知っているじゃないか。そうだろう?」
にやり、と笑う代わりに、クロは目を細める。
結局トラは、わけがわからない、という顔でふっさりした尻尾を振るだけだったけれど。
《STOP》
かくして、「私を喜ばせる作戦」は実行に移されたのだった。
朝、起きてきた私を待ち構えていたクロとトラは、突然私の足元にまとわりつき、くねくねと身をくねらせて、あまつさえ、普段は無口なこいつららしくもなく、切なげな鳴き声すらあげてきたのである。
くねくねにゃー、くねくねにゃーにゃー。
ころりと横になって腹を見せるクロ、足元にふわふわの毛を押し付けてくるトラ。かわいい。そりゃあもうかわいい。かわいいの、だが。
いつも、犬みたいにぴょんぴょこ飛びついてくるトラのみならず、猫らしく飯の催促だけして、その後は私に構わず惰眠をむさぼりはじめるクロまでそうなのだから、喜ぶよりも先に「何かおかしい」と思うのもしかるべきだろう。
かくして、寝室の扉を改めて閉ざし、二匹を追い出して。
そして、夜中のうちに回しておいたカメラが捉えた映像を一通り眺め終わった私は、そっと息をつくしかなかった。
間違いない、階下のリビングでは、無残に割れたマグカップが私を待ち構えていることだろう。
全く、浅はかなやつらだ。自分たちが夜な夜な好き勝手喋っているのを、私や他のニンゲンは知らないと思っている。だが、私はこうして、こっそりリビングにカメラを仕掛けて、日々あいつらの生態を観察しているのだ。
正直、ニンゲンと同じ言葉を喋っていたことにはびっくりしたが、しかし、やつらはこっちの言葉をわかっているような素振りを見せるし、そこまで驚くに値することでもないだろうと思い直した。
ニンゲンが猫に伝えていないことがあるように、猫がニンゲンに伝えていないことがあっても、何もおかしくはない。そういうことだ。
それにしても、ああ、かわいそうな私のマグカップ。初めて店で見つけたときには、クロとトラによく似た猫の姿に運命すら感じたというのに、そのトラに亡き者にされてしまうとは。
まあいい、トラに壊されそうな場所にマグカップをおきっぱなしにしてしまった私も悪くなとは言えないし、何より、あいつらはあいつらなりに、私を怒らせないようにと気を使ってくれたのだから。その努力に免じて、朝ご飯抜きはやめておいてやろうと思う。
……でも、今日はカリカリだけな。