by admin. ⌚2024年8月1日(木) 06:36:01〔118日前〕 Planet-BLUE <4618文字> 編集
『異界』。ここではないいずこか、無数に存在し得るといわれる並行世界。
未知の領域を探査すべく選ばれたのは、刑の執行を待つ死刑囚Xであった。
目に見えない命綱だけを頼りに『異界』に飛び込んでいくXと、彼を観察する「私」の実験と対話の日々を綴る連作短編集。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
目には見えない命綱ひとつで『異界』へと潜っていく死刑囚X。
今日も「私」はディスプレイを通して彼の視点を共有する。
……時には『異界』を垣間見、時には他愛のない言葉を交わす。
Xと「私」の、特に名前のない日々を綴った短編連作。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
『異界』。ここではないいずこか、無数に存在し得るといわれる平行世界。
未知の世界を観測すべく選ばれたのは、刑の執行を待つ死刑囚Xであった。
目に見えない命綱だけを頼りに『異界』に飛び込んでいくXと、彼を観察する「私」の実験と対話の日々、もしくは、三十一の忘れられない道行き。
※綺想編纂館(朧)様( @Fictionarys )の2022年7月の企画『文披31題』の参加作品です。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
『異界』。ここではないいずこか、無数に存在し得るといわれる並行世界。
この国の片隅で、未知の世界を知る者たちの『異界』探索プロジェクトが密やかに進んでいた。
プロジェクトメンバーはリーダー、サブリーダー、エンジニア、ドクター、新人の五人、国からの監査官が一人、それから異界潜航サンプルが一人。
そんな少数精鋭のプロジェクトは、今日もつつがなく、あるいは少しの事件とともに進んでいく。
これは、歴史には語られない彼らの、『異界』と彼ら自身にまつわる三十と一の物語。
※綺想編纂館(朧)様( @Fictionarys )の2023年7月の企画『文披31題』の参加作品です。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
『異界』。ここではないいずこか、無数に存在し得るといわれる並行世界。
本来「あり得ざる」それを観測する異界研究者たちは、今日もそれぞれの姿勢で『異界』と向き合っている。
『無名夜行』番外編、最初の異界潜航サンプルXが去った後の、プロジェクトメンバーたちの「残響」を描いた連作。
虚構夢想 / SF / ファンタジー / ホラー / 現代
全てが「霧」から生まれいずる世界にて。
世界の最西端、辺境の地で燻っていた「俺」……最強最速の翅翼艇『エアリエル』を駆る「救国の英雄」ゲイル・ウインドワードは、遠い日に目指した「青空」の色を持つ人工霧航士、セレスティアと出会う。
新たな相棒との日々と迫りくる過去、そして霧の向こうの「青空」とは。
真と偽の果て、青空目掛けて霧裂く空戦SFファンタジー。
霧世界報告 / ファンタジー / SF / 空戦 / 異世界
ここではない世界。万物の根源が「霧」である世界。
女王国首都の雑誌社に所属するネイト・ソレイルは、今日も怠惰で奇矯な作家カーム・リーワードの首根っこを引っ掴んで仕事をさせる。
そうでないと、きっと、誰の手も届かないどこかに行ってしまうから。大事なことを、全部、全部、取り落としてしまうから。
女神歴九六九年、帝国との戦争が終わって五年。
これは、落ち着きのない作家先生と、そんな先生を追う新米担当編集者の他愛のない日常の物語。
霧世界報告 / ファンタジー / SF / 日常 / 異世界
「ごきげんよう、叔父さま」
霧深き女王国の果ての果て、雨の止まない土地にて。
監獄塔『雨の塔』の面会室で「私」が出会ったのは、姪を名乗る少女アレクシア。
彼女は完璧な笑みを浮かべて言う。
「叔父さまの知恵を借りたい」――と。
犯罪者の「私」と面会者のアレクシア。
本来なら交わるはずのない二人による、安楽椅子探偵ミステリもどき。
霧世界報告 / ミステリ / ファンタジー / ふしぎ / 異世界
ノンシリーズものの短めなお話をまとめています。
ジャンルは話ごとにファンタジー中心にSF、現代、メタフィクション風など雑多。気が向いたら増えます。
SF / ファンタジー / ホラー / コメディなど
時計うさぎの不在証明 / 甘味組曲 / さよなきどりはなかない /
by admin. ⌚2024年8月1日(木) 06:36:01〔118日前〕 Planet-BLUE <4618文字> 編集
ラビットは、重い痛みを感じる頭を上げた。窓からはカーテン越しに淡く光が差し込んでいる。
朝。
それに気づいて、腕に力を込めてゆっくりと身体を起こそうとする。
腕に伝わるひやりとした感触に、彼は自分が寝ていた場所がいつものベッドではなく天体望遠鏡の下の床であることを思い出した。
ただ、起き抜けの思考回路では、何故自分がこんな所に寝ていたのかが思い出せない。
しばらく、ラビットの赤い瞳は灰色の天井と真上にある古ぼけた望遠鏡を見つめていた。いや、見つめていたというよりかは大体その辺に目線を彷徨わせていたという方が正しい。
ラビットはほとんど目が利かない。光に弱いのもそうだが、左目は盲目であり、右目の視力も著しく低下している。視力補助装置を常に身に付けていなければ外もまともに歩けない状態だ。流石に寝るときは装置も外しているが。
やっとのことで彼は起き上がると、側に置いてあったはずの視力補助装置のコードを手で探る。手に触れたとわかると自分の元に引き寄せて頭の右側に取り付ける。脳に直接送り込まれる情報で視界が急に明るくなった。この装置の弱点といえば、視界が本来の視界から多少ずれてしまうこと。しかしラビットにとってはあまり関係の無いことだ。
視界を確保すると、その場に座ったまま何かを思い出そうとして思考回路を働かせようとした。
昨日何があったのか。
そう、昨日は軍に追われていた少女をそのままここに連れ帰ってきたような気がする。何をすれば良いかわからなくなって戸惑っていたとはいえ、軽率な判断だったとラビットは思う。どんな理由があっても、地球において星団連邦軍の権力は絶対だ。変な揉め事を起こしても後で困るだけだ。
その少女はどうしたのか。
それがどうも思い出せないまま、ラビットは立ち上がって部屋を出て、自室に向かった。何とも昨日の記憶が曖昧になっていた。
――もしかすると、全て夢だったのではないか?
ラビットの頭の中にそんな考えがよぎる。何とも馬鹿らしい考えではあったが、そう考えると納得はいく。少なくとも、下らない夢ばかり見ている自分にとっては。
ラビットは自室のドアを開けた。窓のカーテンは開いていて、それほど強くもない光がラビットの目を焼く。とっさに目を手で覆いつつも、彼の視線は窓の下のベッドに向けられていた。
――やはり、夢ではなかった。
真っ白なベッドに寝ていたのは一人の少女。昨日、ラビットが連れて帰ってきた少女だった。記憶は定かではなかったが、おそらく少女が憔悴しきっていたからそのまま寝かせたのだろう。
少女は深い眠りについていて、規則正しい寝息が聞こえてくる。ラビットは机の上に置いておいた黒硝子の嵌められた眼鏡をかけると、改めて少女の方を見た。
少女の青色がかった銀の髪が窓の隙間から吹き込む風に揺れる。ゆっくりと眠っているところを起こしても悪いと思い、ラビットは自室を後にした。
『おはようございます、現地時間で朝六時丁度をお知らせいたします』
その時、小さな天文台中に澄んだ女の声が響き渡った。天文台に仕掛けられていた主電脳が動き出したのだ。
「おはよう、龍飛(タツヒ)」
ラビットは廊下を歩きながらどこに向かってでもなく、声を発した。すると、女の声が返ってきた。
『おはようございます、ラビット。昨夜はよく眠れなかったのですか? 疲れた顔をしておいでです』
この人工知能は、名を龍飛という。ラビットがここにやってくるよりも昔からこの天文台の機能を支配する管理電脳だ。前の住人が設定したらしい、古びた天文台には似合わぬ高性能な人工知能であり、ほとんど人間と変わりない感情機能を有している。
ラビットは鈍く痛むこめかみを押さえながら、小さく呟く。
「そうかもしれないな……」
『お気をつけ下さい、ラビット。今は貴方がワタシの主人なのですから。貴方が居なくなったらワタシはまた長い間独りきりです』
「ああ、わかっている」
ラビットは階段を下りながら言う。そして、下の階のキッチンに向かい、棚の中のコーヒーカップを手にとった。
「龍飛、珈琲を沸かしてくれ」
『朝食はよろしいのですか?』
「ああ、食べる気にならない」
そう、ラビットが言うと、台所の中に仕込まれた装置が動き始める音がした。カップを装置の上に置くと、ラビットは椅子に座り、テーブルの上に置いてある小型の立体映像映写機を見た。そこには蜻蛉の羽を生やした一人の美しい女性の映像が浮かび上がっていた。これが、龍飛の仮想映像だった。
「何か、夜のうちに変わったことはあったか?」
ラビットが龍飛に向かって話し掛ける。龍飛は優しげな笑みを浮かべて答える。
『一件通信がありました』
「珍しいな。誰からだ?」
『識別番号、一○六四八九-A六九八……クロウ・ミラージュ様からです』
「ミラージュ女史? 今更何の用だ」
『確認後、連絡を求むということでした』
「わかった」
ラビットはそう言って、装置の上に置いておいたコーヒーカップを手に取る。何時の間にか、カップの中には熱いコーヒーが注がれていた。
『飲料用水の残量が残り僅かになっているようです。至急、追加を勧めます』
「水はここでは高いんだ」
ぶつぶつと言いつつも、ラビットはコーヒーをすすりつつ、立体映像映写機の前に置かれたキーボードを叩く。すると、映し出されていた龍飛の姿が消え、黒い画面が浮かび上がる。ラビットが情報を打ち込み終えると、『接続中』という文字が浮かび上がり、点滅した。しばらくその状態が続いた後、画面が急に明るくなって、一人の少女の顔が映し出された。
「ミラージュ、私だ」
『………』
映し出された黒髪の少女は、眠そうな目でラビットを見つめた。
「連絡を寄越してきたようだったが、何の用だ?」
『……トワ……話す』
普通の人間なら明らかに苛立つであろう口調で、画面の少女……ミラージュは言った。
「トワ?」
『貴方……昨日、トワ……』
断片的な言葉しか紡ごうとしないミラージュを押しのけるようにして、画面にもう一人の人物が現れた。今度は赤い髪が特徴的な、軍服を身に纏った男だった。
『すいません、クロウがどうしてもあの子と話したいって言うから……』
この男は、ミラージュの相棒であるレオン・フラットという軍人だった。ラビットもミラージュ同様面識がある。
「フラット少佐、『トワ』というのは?」
『貴方が昨日、軍に追われていた少女をここに連れてきたでしょう? その少女です』
ラビットは驚いた。既に、軍にはここの場所……そして少女の行方が伝わっていたということに。
当然ながらこのミラージュもフラット少佐も軍の人間だ。元々ミラージュとは時折連絡を取り合っていたが、少女のことなど、昨日出会った自分でもよく覚えていなかったのに、ミラージュが知るわけないと思っていたのだ。
「軍は、私がその少女をここに連れてきたことを知っているのか?」
『いえ、知るわけないですよ。我々が知っているのは、クロウの能力で、です』
「何か関係があるのか?」
ラビットがそう言ったとき、背後で物音がして、ラビットは振り返った。後ろでは、あの少女が階段の柱の後ろからこちらを見ていた。
「……起きたのか?」
少女は頷く。そして、ゆっくりとした足取りでラビットと画面の方に向かう。画面のフラットは安堵の笑みを浮かべつつ、言った。
『丁度良かった、クロウ、あの子だ』
少女は画面と向き合うと、再び画面に現れたミラージュに向かって話し掛けた。
「クロウ、ひさしぶり」
その声は、どこか不思議な響きがあった。ラビットは一瞬その声が誰かに似ているような気がして、不思議な懐かしさを覚えた。
『ひさし……ぶり』
「迷惑かけてごめんなさい」
『ううん、メイワク……な、わけない』
とてもスローペースな会話。ラビットはその様子をじっと見つめていた。観察していた、と言ってもいい。少女は真っ青な瞳で画面のミラージュの黒い目を覗き込んでいた。
『よかった、安心……』
「うん、ありがとう」
そう、言って少女は画面から目を離し、ラビットの方を見た。ラビットは少女の横でミラージュに向かって言った。
「もういいのか」
『……あ』
「?」
『気をつけて……軍、動き……』
「動き出した?」
『トワ、追って』
そこで、通信が途切れた。画面がパッと黒くなる。ラビットは溜息をついて椅子にもたれかかる。今度は少女がその大きな青の瞳でラビットを覗き込む。
「……トワって、名前なのか?」
ラビットは少女に向かって言った。
「うん」
少女は頷く。
「変わった名前だな。どういう意味だ?」
ラビットが問う。
「……『永久』って書いて、『トワ』って読むの」
少女が答える。
「永久……か。いい名前だ」
ラビットは少女、トワに向かってテーブルの横にある椅子を指差した。
「立っていたら疲れるだろう。座ればいい」
「うん」
トワは椅子に座る。少女にとっては大きな椅子で、小さな足が床から浮いていた。
一瞬の間を置いて、ラビットは話しはじめた。
「軍に、追われているのだな」
「うん」
「何故、追われているのか、話す気はあるか?」
「……ううん」
「そうか」
ラビットは黙り込んだ。何を話せばいいか迷っている様子でもあった。何しろ、話したくないものを無理やり聞く気もなかった。その間もトワはじっとラビットを見ていた。
「聞いてもいい?」
トワはラビットに向かって言った。
「ああ」
「貴方の名前は?」
ラビットは逡巡してから答えた。
「……ラビット」
「兎さん?」
「そう。そのラビット」
トワは自分自身に確かめるように何度か頷いてから、もう一度ラビットに向かって言った。
「もう一つ、聞いてもいい?」
「ああ」
「ここはどこの星?」
「ここは地球だ。それも知らなかったのか?」
「ううん、でも、そうじゃなかったらどうしようかと思って」
ラビットは首を傾げた。トワはずっとラビットを見つめていた。ラビットは急に気恥ずかしくなってきて目を逸らしてから、トワに話し掛けた。
「ここの人間ではないのだろう? 地球に来て、何をする気だ?」
そういえば、似たことを昨日問われた気がするとラビットは思う。トワは少し考え込むような仕草をしてから、答えた。
「わたし、この星が見たかったの」
「こんな灰色の何もない星が?」
「何もなくないよ。だから、クロウにも手伝ってもらったの」
「クロウ・ミラージュとは知り合いだったのか?」
「うん、友達」
トワは少し笑顔になって答えた。
それから、二人ともしばらく無言だった。ラビットは何を言っていいかわからず、トワは何か言おうとして言葉を選んでいるようだった。
少し経って、トワが口を開いた。
「あのね、ラビット、お願いがあるの」
ラビットはそらしていた目をトワの方に戻した。トワの表情は昔ラビットが見た誰かにとてもよく似ていた。
「何だ?」
ラビットはトワの言葉に少し当惑した。だが、この後の言葉にはもっと当惑させられることになる。
「……わたし、ラビットと一緒にこの星を見たいの」