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幸福偏執雑記帳
幸福偏執雑記帳

幸福偏執雑記帳

以降更新はindexで行います

2021年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

アンナチュラル感想:4話。(初見)
ううううう胸がぎゅっとする話だなって思ってしまう~。
工場長率いる工場の人たちが社長に反旗を翻して協力してくれるところめちゃよかったね……。
少年にお父さんのことを色々話してあげてたってのも……一抹の救いがあるよね……という……。
でもね、その一方で、確かに救いがあるけど、既に亡くなった人はどうしたって戻ってこないんだなあっていう、その空白を強く意識してしまったんだよな~。元よりアンナチュラルは死から始まる話だからそうなるのは当然なんだけど……。
子どもたちの幸せを願った、仕事に真面目に打ち込んでいた父親。
事故を起こしてしまって道路に倒れた時に、見上げていた花火……。別の場所で家族が見てた花火……。
胸がぎゅぎゅっとしてしまうよね……。
あと、東海林さんと三澄母がよかったね~!
話自体はかなり心の痛い話なんだけど、東海林さんがちょこちょこ引っ掻き回してくれるの気持ちよかったし、三澄母のパワフルさがすごく救いを感じさせてくれる……。母として、弁護士としてめちゃくちゃ力強い言葉をくれるの嬉しいな……。畳む

映像

今の自分がまともにロールできるのか、という悩みを抱えてはいるのだけれども~。
それでもやりたいからやる、の方向で『黒狼王は死んだ』というシノビガミシナリオのテストプレイに踏み切ります。
一年前に第一陣をやったきり放置してしまっていたんですが、今度こそ……やります……。
ただ、これから錆戦の日記とかもあるので、無理のないペースで出来るといいなぁと思っております! ね!
多分……、日々生きていくのが精いっぱい、みたいな時期に突入する可能性も高いので。
その辺りを頑張って生きていくのが~課題!

遊び

今日は~、ココフォリアのGM機能を学んだ!
なーんとなくスクリーンパネルの使い方とかがわかってきた、ような、気がする!
多分GMできそうなので、クィルドライヴァーを久しぶりにやってみようかな~という気分。
今のところ予定ふわっふわでなかなか身動き取れないけど、クィルドライヴァーくらいなら入れられるだろ……。
『クィルドライヴァーの祀り』はこれ。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=...

遊び

今日の活動おしまい!
めーちゃめちゃ話の分かる人でありがたかった……こちらが喋らなくても大体ニュアンスが伝わった……。
そう、私は……一からものを作るのが……とんでもなく苦手!!
(最初から形あるものに手を入れたり、異常がないか確認したりするのは比較的得意な方だと思うんだけど)
今までその辺りがなかなか伝わらなくて苦慮してたんだけど、一発でわかる人だったのありがたいな~!

いま

『桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!』
https://hmportal.sakura.ne.jp/memo/tegal...

元々は霧のひとの定期更新型ゲーム『四畳半魔王城』の日記。
「魔王」のひとりとして、できそこないの世界に招かれた青年ササゴイ。
羽の生えた不思議な少女ヒワに導かれ、世界の片隅の劇場「桟敷城」の運営を任される。
果たしてこの劇場は何なのか。ヒワの脚本で演じられる劇は一体何を示しているのか。
ササゴイはやがて自分自身が抱える問題と、ヒワが紡ぐ「物語」に向き合うことになる。
張りぼて劇場を舞台に「演じるもの」と「物語るもの」を描く、ゆるふわファンタジー。

#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

創作


●Scene:16 カーテン・コール

 僕はカーテンコールという慣習があまり好きではなかった。
 今の今まで「僕ではない誰か」であった僕が、その瞬間だけは配役を脱ぎ去った「僕」という一人の人間として人前に顔を出さなければならなかったから。
 けれど、今は少しだけ気が変わった、ような気がする。
 舞台という別世界から、観客と演者が現実へと戻るための一つの手続き。もしくは儀式。
 それがあるからこそ、僕らは「僕でない誰か」が生きている小さな世界と、「僕自身」が存在する現実とを自由に行き来が出来る。そんなことを、思うようになった。
 だからここから先は、大団円で幕が下りた、その後の顛末。
 僕が「桟敷城の魔王」という役を、本当の意味で終えるための「カーテンコール」だ。
 
 
          *     *     *
 
 
 インターフォンを鳴らしてから、失態に気づく。
 アポイントメントなんて取ってないし、問いかけられても僕に答える声はない。これでは単なる不審者ではないか。
 とにかくいても立ってもいられなかった、というか、勢いでここまで来てしまって、インターフォンを鳴らしてしまったところで我に返るとか、本当にどうにかしてほしい。せめてもう一瞬前で我に返ってほしかった。馬鹿野郎。
 そんな葛藤をよそに、微かなノイズが響いて。
『……五月(いつき)くん?』
 懐かしい声が、「僕の名前」を呼んだ。
 
 
          *     *     *
 
 
 僕に友人は少ない。というより、ほとんど切り捨ててしまった。一回目は芸能界に入ると決めたときに。二回目は、声を失って芸能界から去るときに。
 そんな中で、縁を切らずにいられた数少ない幼馴染と呼んでもいい、小学校時代からの友人からLINEが来ていた。それも、数週間前――ちょうど、僕が桟敷城の魔王をやっていたころから、毎日定期的に送られていたものだったようだ。
『生きてるか?』
 死んでたら答えられないだろうに。つい笑ってしまいながら、昨日買い換えたスマートフォンの画面をタップする。
『生きてる』
『マジか。幽霊とかじゃなくて?』
『足はある』
 いや、足があるどころかマッチョな肉体を持つ幽霊ならつい先日までそこにいたような気がするけど、それはそれとして。
『どこ行ってたんだ。マジで連絡取れないからついに樹海に行ったかってめちゃくちゃ話題になってたぞ』
『実は僕にもわからない。ここしばらく神隠しみたいなものに遭ってたっぽい。気づいたら一昨日だった』
『えっ何それめちゃくちゃ怖ぇな』
『怖い。それでも僕は無事だから』
『ならよかった。親御さんには?』
『連絡ついてる。めちゃくちゃ泣かれた』
『だろうな。お前、いつ死んでもおかしくない顔してたもん』
『でも、もう大丈夫だ。何か、すっきりした』
『ならいいけど』
『でさ、仕事、もう一度やり直そうと思うんだ』
『演劇?』
『僕の取り得はそのくらいだから。それに、こんなんでも、まだ体は動くし、できることはたくさんある。難しいとは思うけど、やってみたいって思えるようになった』
『そっか。何かよくわかんねーけど、本当に吹っ切れたんだな。よかった』
『ありがとう。心配かけた』
『仕事入ったら美味いもん奢れよ』
『今すぐって言わないお前の優しさに涙が出そうだ』
『嘘つけ』
『ばれたか』
『あーなんか心配した俺が馬鹿みたいじゃん。元気そうで何よりだけどさ』
『悪かったって。で、話は変わるんだけど、一つ聞いていいか』
『何?』
『日向(ひなた)って、覚えてるか? 中学時代、同じクラスだった』
 
 
          *     *     *
 
 
「よかった、五月くんが元気そうで。色んなニュースを聞いて、本当に心配だったの」
 中学時代の僕の記憶より随分と痩せてしまった日向のおばさんは、それでもあの頃と同じ笑顔を僕に向けてくれる。僕と彼女とのお互いの趣味を語り合うだけ、という年頃の学生らしからぬやり取りを、呆れ半分に、それでも温かく見守ってくれていた頃と変わらない視線が、どこかくすぐったくて、それでいてほっとする。
「喉の病気はもう大丈夫なの?」
『大丈夫です。ご心配おかけしました』
 入力した文字列をスマホで読み上げつつ、頭を下げる。本当に、パロットに壊されさえしなければ、こういう小技が使えたのだ。音声機能さえ使えれば、コルヴスとのコミュニケーションにああも手間取らないで済んだというのに。まあ、あの場に充電器がなかった以上、その方法にも限界はあったのだけれども。
 そういえば、スマホといえば、買い換えてからLINEに謎のアカウントが登録されていて、勝手にメッセージを着信していた。どう見てもめちゃくちゃな英語で、スパムか何かかとブロックしてやろうかと思ったが、見覚えのある単語がいくつか見えたことで、パロットからのメッセージだとわかってぎりぎり踏みとどまった。
 あの幽霊、確かに色んな能力を持っていたらしいが、LINEにアカウントを追加してメッセージを送信する、という謎すぎる能力が今になって明らかになるのどうなんだ。
 ああ、でも、うん、悪くはない。あれが夢でなかったことが、これではっきりしたから。桟敷城は世界の更新と共に二度と入れなくなってしまったけれど、パロットは今もどこかの世界を渡り歩いているのだ。そして、これからは時々、コルヴスからのメッセージも伝えてくれるという。それだけで、少しだけ前向きな気分になれた。別の世界で「これから」を生きていく二人の背中に、こちらの背中を押されている気分になった。
 だから、以前の僕なら躊躇ったであろうその言葉を、迷わず「言う」ことだって、できた。
『その、譲葉さんは?』
 と、途端に、どたどたーん、という酷い音が扉の向こうから聞こえてきた。もう少し正しく形容するならば、階段から落ち……そうになって、ぎりぎり駆け下りるだけで済んだという類の音。
 そして、部屋の扉がそっと開く。と言っても、本当に、紙一枚が通る程度の開き方で。これには流石に日向のおばさんも呆れ顔で言う。
「譲葉(ゆずりは)ー、五月くん来てるわよ、きちんとご挨拶しなさい」
 すると、扉の向こうから、声が――桟敷城で散々聞いてきた「お姫様」の声が、聞こえてきた。
「せ、せめて、化粧、してきてもいい?」
『そのままでも気にしないけど』
「うおおおおおおおおおこの天然タラシめ! あたしは騙されないからな!」
 こいつは僕を何だと思ってるんだ? いや、そういう演技をして欲しいっていうならいくらでもするけど、そういうのは好みではあるまい。
 それに、僕だって「僕でない誰か」の演技がしたくてここに来たわけじゃない。
『隠れてないで、出てきてくれないか』
 
 そうだ、これが僕なりのカーテンコール。
 魔王と姫の茶番劇は終わりを告げた。
 けれど――。
 
『話をしたいんだ』
 
 僕らはやっと出会えた。
 随分遠回りをしてしまったけれど、やっと、夢を叶える第一歩を踏み出せた。
 
『今、ここで、君と』
 
 そうだ。きっと、僕らの本当の物語は、ここから始まる。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

文章


●Scene:15 アンコール!

 ごうん、ごうん、と。
 鐘の音が鳴る。それは劇の終わりを告げる鐘の音。
 ――幕が下りようとしている。この、桟敷城そのものの終わりが、始まっている。
「さあ、今度こそ終幕の時間ですね」
 舞台の上に上がったコルヴスは、本当は人の目が怖いんだろう。その肩が微かに震えているのは、僕にだけは見えている。見えてないのに難儀なことだと思うが、見えてないだけに、人の気配をはっきりと感じてしまうに違いない。
 パロットはコルヴスの「目」の代わりとしてその横に立ちながら、派手な頭を揺らして言う。
「外も随分騒がしいもんなー、そろそろこの世界も店じまいかな?」
 十五週。それで、この世界は終わるのだという。本来想定していた「終わり」とはいささかかけ離れた形のようだが、それでも、僕もまた言葉には出来ない感覚の部分で、この場に居られる時間はあと少しである、ということを理解していた。
 長くも短い十五週だった。色々なことがあって、見方によっては何一つ変わることはなく、それでいて、僕の中では何かが確かに変わった。変わることができたと、思っている。
 ヒワの手を握る。その小さな手の温もりを確かめる。すると、ヒワが細い指で僕の手を握り返して、こちらを見上げてくる。彼女もまた笑ってはいたけれど、少しだけ、不安そうでもあった。
「……ほんとはね。怖いんだ」
 うん、と僕は頷きをもってそれに応える。
 一番怖いのは、多分ヒワなのだと思う。
 僕はただ、立ち上がる勇気が無かっただけだ。どうしたって、もう一度舞台に立つためのきっかけが必要で、それがヒワとの「再会」だったのだ。
 けれど、一方でヒワはずっと「置いていかれた」と思っていたのだと思う。僕が最初に彼女に感じたように。ヒワはずっと僕の背中を見つめながら、ままならない自分自身をもてあましていたのだと思う。そして、それは今も変わらない。僕がもう一度舞台に立ったところで、ヒワの「怖い」という思いが拭い去れるわけではない。
 その気持ちがわかってしまうだけに、僕はただ、微かに震えるヒワの手を強く握り締めることしかできなかった、けれど。
「んなしょぼくれた顔すんじゃねーよ!」
 明るい声が飛び込んでくる。その声によく似合う、派手な髪をした男が、歌うように言葉を紡いでいく。
「ヒワの話、めちゃくちゃ面白かったぜ! 自信持てよ、背筋伸ばせよ、諦めなきゃ人は空だって飛べんだ。お前さんなら、青空より高い場所、ここじゃない世界にまで連れてけるさ!」
「パロット……」
「それに俺様、ハッピーな話が好きだからさ! 応援するぜ、お姫様! 今度はもっとわかりやすくハッピーなのを頼むぜ、それこそ、ハッピーウエディーング! 二人は末永く幸せに暮らしましたとさ(Happily ever after)、ってやつ!」
 それはお伽噺の定型文。僕らの国では「めでたし、めでたし」と訳されるもの、全ての喜劇の結末。なるほど、かつての僕は「ざっくりしすぎ」だと言ったが、古くから今にまで息づく決まり文句といえた。それは、パロットのいた世界でも変わらないのかもしれない。
 生前は死と隣り合わせの戦場に生きてきて、これからも死と共に生きていくのであろう戦闘機乗りの幽霊は、能天気なようで、意外と核心を突いてくる。本人はそれに気づいていないのかもしれないけれど。
 ヒワは、笑うパロットを真っ直ぐに見据えながら、それでも踏ん切りがつかないとばかりに唇を噛む。すると、コルヴスがそっと、声をかけてくる。
「それでも、レディ・ヒワ、あなたに力が少しばかり足らないというなら。……あなたの手を握る方が、導いてくれますよ」
 ヒワはぱっと僕を見上げる。僕も、思わずヒワとコルヴスを交互に見つめてしまう。そんな僕らの気配を察知したのか、コルヴスはくすくすと笑いながら言う。
「それがどれだけ荒唐無稽な喜劇でも。人間の身体を通すことで、虚構と現実との境界を飛び越える。それが演技であり、舞台というものだと思っています。そうでしょう、ミスター?」
 そう、そうか。コルヴスの言うとおり、それこそが――僕の、役目だ。
 コルヴスはパロットの同僚だったというが、その性質は全然違う。パロットが光り輝く存在であるなら、彼は、パロットの影であったのだろう。人に「魅せる」ための演技を志した僕とは相容れないけれど、演じる、ということに全てを捧げた影。そんなコルヴスが、僕は決して嫌いではなかったのだと、今改めて気づく。
『ありがとう、二人とも』
「いいってことよ!」
「ええ。十分すぎるほどに楽しませていただきましたから」
 この二人、案外息が合っているのかもしれない。普段は相当口さがないやり取りをしているが、それも――一種の「気安さ」がそうさせていたのだろう、と今ならわかる。
 二人がいてくれてよかった。僕の背を押してくれてよかった。
 それは、今、この瞬間だって変わらない。
「さあ、お客様に最後のご挨拶を」
「そうだぜ、びしっと決めてくれよ、魔王様とお姫様!」
 おんぼろ桟敷は今にも崩れかけている。僕の城である桟敷城を含めた、この「できそこないの世界」が、変わろうとしているのが、わかる。
 二人に背を押される形で、僕とヒワは二人で一歩を踏み出す。
 ヒワに視線を合わせれば、もう、ヒワは震えてはいなかった。喜びと、決意と、それでいて好敵手を見るような不敵な目つきで、僕をきっと見据えてくる。
 うん、そうだな。きっと、僕らは上手くやれるはずだ。お互いにお互いの背中を追いかけながら、遥か高みを目指せるはずだ。そして、二人でもう一度手を取り合ったその時には、見るもの全てを他の世界に連れていく。そんな舞台が作れるはずだ。
 作ってみせよう。絶対に。
 言葉にならない思いを胸に、舞台を取り巻く桟敷に向き合う。
 もはや観客席に本来の「観客」がいるのかすらもわからないけれど、この茶番劇を見ていてくれた人は、確かにいるのだと思う。
 ――例えば、そこのあなただとか。
 この劇を見届けてくれたあなたが誰なのか、僕にはわからないけれど。
 それでも、今だけは、あなたのために。
「ありがとうございました!」
『……ありがとうございました!』
 声にならない声をあげて、ヒワと手を取り合って笑いあい、頭を下げて――。
 
 桟敷城の幕が、下りる。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

文章


●Scene:14 大団円

 凛、と。城いっぱいに声が響き渡った、途端。
 ぽむん、と。どこか間の抜けた音と共に、僕の伸ばした手の先に一人の少女が現れる。
 黄色い髪に黄色い翼の少女――ヒワは、伸ばした僕の手を掴んで、僕の胸の中に飛び込んできた。いつしか抱きしめたときに感じた、いやに軽い手ごたえが腕いっぱいに広がる。
 それから。
「あああああ、ばかあああああああササゴイのばかああああ」
 べしょべしょの涙声が響いたと思うと、僕の胸をぺちぺち叩く感触。全く力の入っていない手は、やっぱり、僕の記憶の通りに小さかった。
「どうして、どうして今まで気づいてくれなかったのさあああ」
 ごめん、と息遣いだけで囁く。果たして、その声はヒワに届いたんだと思う。一瞬、顔を上げて、涙をいっぱい溜めた目で僕を見たかと思うと、ごっ、と僕の胸に頭突きをくれやがりまして。
「ごめんじゃないよこのやろおおおおもおおおおお」
 うん、わかってる。わかってるからせめて顔をぐりぐり擦り付けるのはやめてくれないかな、いくらユニクロのセールで買った服とはいえ、涙と鼻水でびたびたになるのはいかがかと思う。
 とはいえ。
「諦めてないなら諦めてないって言ってよおおおお、ほんとに、ほんとに、あたし、あたし、もう、忘れられちゃったって、もう、約束も守れないって、ずっと、ずっと、うええええええ」
 そうだ。本当に、そうだ。これは何もかも僕が悪い。煮え切らないまま、本当は諦めてなんていなかったのに、諦めたふりをし続けていた僕が悪くて、ヒワとの約束を忘れようとしていた僕が悪かった。
 答える代わりに、ぽんぽんとヒワの肩を叩いてやる。果たして、現実の彼女がどうなっているのかは、今の僕にはわからない。けれど、多分……、まあ、何か、心配する必要はない気がしてきたな。仮にこのヒワが「生霊」のようなものだとしても、これだけ元気なら案外大丈夫なんじゃなかろうかと思うのだ。
 ただ、仮に、僕が彼女を否定し続けていたら……否、もう考えるのは止めよう。
 僕は向き合うと決めたんだ。ヒワに。その向こうにいる彼女に。それから、未だに諦められない僕自身に。だから、「否定した」可能性を考えるのはやめる。
 涙と鼻水で酷い顔をした、けれど相変わらず夢のような色の目をしたお姫様は、僕を見上げて言う。
「ササゴイ、もう舞台に立たないなんて言わないよな?」
 立ってるからね。と笑ってみせる。
 そうだ、ここはもう舞台の上だ。……僕は、今、一人の「役者」として舞台に立っている。彼女の描いた脚本を、彼女が好きだといった「喜劇」で終わらせるために。
 ヒワも、ここが舞台の上だと一拍遅れて自覚したらしい、「ふあっ」と慌てて僕の袖で涙と鼻水を拭く。ちょっとそれ酷くないか。ハンカチの一つも用意してない僕が悪いのかもしれないけど、それは流石に無いんじゃないか。
 それから、何とか真っ赤な目で顔を上げたヒワは……、ぽつりと、問いかけてくる。
「もう、大丈夫なんだな?」
 大丈夫、と言い切るには、少しだけ躊躇いが必要だった。
 確かに今、僕は「魔王ササゴイ」として舞台に立っていられる。けれど、それはこの桟敷城という場所あっての話だ。……夢、と言い切るにはあまりにも僕の手から離れすぎているこの世界は、もうすぐ幕を閉じる。その後、僕は現実に帰っていくんだと思う。あのとっちらかったせまっ苦しい部屋に。
 その後、再び立ち上がれるかどうか、僕にはまだちょっと自信がない。声が出ないのは事実だし、そんな「悲劇の俳優」なんてレッテルを貼られた状態のまま、元の場所に戻っていく勇気を振り絞ることができるだろうか。
 とはいえ、自信がなくとも。勇気がなくとも。
 ――君が、手を引いてくれるんだろ。
 唇だけで、そう囁く。わかってくれただろうか。きっと、ヒワなら、わかってくれたんだと思う。まだ真っ赤な目で、それでも、にっかりと笑ってみせるのだ。
「任せとき! 今度こそ、最高の物語を綴ってみせるさ! 君が自分から舞台に立ちたくなるくらいのね!」
 うん、……なら、僕はきっと、前を向ける。
 君が約束してくれるなら。今度こそ、僕も君との約束を守ろう。
 この舞台の幕が下りても、僕はまた、新しい舞台に立ってゆこう。君のために。君のために、と誓った僕自身のために。
 ヒワは笑う。僕も、きっと、今度こそ上手く笑えていたと思う。この時ばかりは、舞台の上であるとわかっていても「僕自身」の顔で。
 と、不意にヒワが「あ」と声を上げて、僕の顔をまじまじと見た。そのふっくらとした顔はどこまでも不思議そうな面持ちをしている。
「あのさ、さっき……、ササゴイの声が聞こえて、それで目が覚めたんだけど、どうして、だって、ササゴイの声は」
 そう、それは、僕だって不思議だった。
 僕に声はない。今だってそうだ、ヒワに対してかけた声は、どうしたってただの息遣いにしかならない。なのに。
 かつり、と。そこに声ではない音が生まれる。それが杖の音だと気づいたのは、舞台の袖にその姿を認めてからだった。
「ミスターだってご存知でしょう? 声帯模写はボクの特技の一つですよ」
 ――コルヴス。
 ハンチング帽を目深に被った長身痩躯の男は、薄い唇を開く。
 
「意外と、似ていると思わないか?」
 
 ――ああ、完全にしてやられた。
 コルヴスが放った声は、確かに「僕の声」だった。とっくのとうに失われた、僕の。
 この世界が夢であろうとも、僕の声は戻ってきてはくれない。この僕の体が僕のよく知っている僕のものでしかない以上、そこはどうしたって覆らないんだろう。心だけがここにあるヒワとは、そこが違う。
 だから、僕はあの刹那だけ、コルヴスの喉を借りることで「僕の声」をヒワに届けた。そういうことなのだと、僕も今やっと理解できた。
 けれど……、どうして、コルヴスが僕の声を知っている?
 僕の声にならない問いかけを遮るように、華々しいファンファーレが響く。舞台の左右に配置された黄昏色の楽団達が、唐突にBGMを奏ではじめたのだ。呆然とする僕とヒワの前に飛び下りてきたパロットが、歌うように言う。
「ヒワが見せてくれたんだぜ、ササゴイの舞台! すげーよな、本職の役者さんはやっぱ違えーよなー!」
「ええ。本当によかったです、充電が残ってて」
 コルヴスが差し出したのは、僕の知らない、黄色いカバーのかけられた、少し古いモデルのスマートフォン。電波は当然通っていない。けれど、そこにあらかじめ保存されていたものを再生することは、できる。コルヴスなら、僕の演技こそ見えてなくとも、そこから僕の声だけを聞き取って記憶することなど、造作もなかったに違いない。
「さあさあ、魔王とお姫様のお話もクライマックスだ! 盛り上げてくぜえ!」
 パロットは両手を振り上げる。それに合わせて、黄昏色の楽団が華やかな音楽を奏でる。僕の知らない、けれど明らかに「祝福」であるとわかる音楽。いつパロットが劇団員を手懐けたのかは知らないが、パロットの歌声に応えるように、本当ならばただの「影」でしかない黄昏色の彼らが、生き生きと舞台を彩っていく。
 本当に、してやられたとしか言いようがない。パロットとコルヴスには、どうしたって敵う気がしない。僕が「幕は下りていない」と宣言した時から、僕はこの二人に踊らされてたってことだ。否、もしかしたら、その宣言すら、この二人の手のひらの上だったのかもしれない。
 けれど――けれど。
 問いかけずにはいられない。きっと、それはヒワも同じだったのだと思う。僕の代わりに、口を開く。
「でも、どうして……、どうして、二人は、そこまでしてくれるんだ?」
 その問いに対して、コルヴスは不敵に微笑み、パロットはにいっと白い歯を見せて。
 
「ボクはね」
「俺様だって!」
 
『折角見るなら、大団円の方がいい!』
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

文章


●Scene:13 魔王ササゴイの無声劇

『むかし、むかし。ここではない、遠い世界の物語』
 
 コルヴスのナレーションが響く。
 アドリブだらけのパロットと正反対に、コルヴスは脚本には忠実だ。と言っても、この脚本は僕が即興で書いたもので、多分、ヒワほど上手く「物語」の形には出来ていないと思う。僕は話の筋を評価できても、自分で物語を作る才能がない。
 だからこそ、ヒワが、そこにいたのだと今ならはっきりわかる。
 桟敷城の魔王である僕にとって本当は「脚本家」たるヒワは欠かせない存在で、そして多分、ヒワにとってもそれは同じだった。なのに、舞台に立つことを僕が否定したから、ヒワは「欠けて」しまった。僕の前から、消えてしまった。
 そんな、今の僕に取れる行動は、ただ一つ。
『地底深くに住まう魔王ササゴイは、暇を持て余していました。否、ずっと「何かが足りない」と思っていたのです』
 これは、ある意味今の僕そのものだ。声を失ってから、何もかもがつまらなくなってしまった。それで、誰とも連絡を絶って、一人で穴倉のような部屋に篭って、日々を消化していた。「やればできるはず」「どうとでもなるはず」そんな無意味な呪文を唱えながら、布団の上で溜息をついていた。
 実際には、何一つ納得もしていないのに、満足もしていないのに。だって、僕はまだ約束の一つも果たせちゃいなかったんだ。――なのに、その「約束」すらも、今の今まで忘れていた。
『何かを欠いたまま、魔王ササゴイは一つの「遊び」を考えました。大地の底からは見えない場所、天空の城に住まう姫君をさらってきたらどうだろう、と』
 そのナレーションを合図に、僕は、一歩、足を踏み出して張りぼての舞台の上に立つ。スポットライトの熱を感じたのはいつぶりだろう。舞台を見下ろす「観客」の視線を浴びるのは、いつぶりだろうか。
 体が震える。怖い。そうだな、僕は未だに恐れている。僕を見ている「誰か」の期待に応えられない可能性は、僕の背中にべったりと張り付いて離れてくれない。
 けれど、そんなものはいつだって変わらない。それこそ、声があったころから何一つ変わりはしないのだ。違うことといえば、ここには「かつての僕」を知る者が誰一人いないということ。それだけで、随分気が楽だ。
 さあ、今こそ思い出すんだ、黄昏色の教室で語り合った「魔王ササゴイ」のことを。僕の役目は――全力で「魔王」を演じること。ただ、それだけなのだから!
『天空の城は世界のあまねくを見通すという。ならば、きっと、面白い話をしてくれるに違いない。かくして、魔王ササゴイは、黄昏の兵隊を操り、天空王国の姫君を己の城へとさらってきたのです』
 僕は空っぽの玉座に腰掛けて、足を組む。黄昏色の劇団員たちが「僕」と「ヒワ」の形をとって、今までの記憶を影絵のように次々と映し出していく。
 初めてヒワと出会った日。
 ヒワが必死に僕のために物語を語る様子。
 僕が「つまらない」というたびに、僕のために新たな筋書きを考えるヒワ。
 それは、それは、まさしく遠い日の僕と彼女の関係そのものだった。放課後、黄昏色の教室で、僕らは二人だけの物語を作りあげていた。誰からも自分のしていることを笑い飛ばされた孤独な姫君と、理解者を得られず一人で過ごしていた魔王の物語。二人が出会って、少しずつ「物語」を共有していくという筋書きは、その頃の僕らをただただ戯画化したもので、今となっては酷く気恥ずかしいものでもある。
 それでも、これは今の僕らにこそ必要なプロセスだ。
『一日が過ぎ、二日が過ぎ、幾日もが過ぎました。それでも魔王ササゴイは満足できません。姫君のお話が面白くないわけではないのです。ただ、ただ、何かが足りないと。そんな思いに駆られて、魔王ササゴイは姫君ヒワを縛り続けます』
 その頃の僕は、彼女と言葉を交わすたびに、焦燥のようなものが募っていたのだと思い出す。彼女の物語は日々洗練されていって、陳腐だった筋書きは「王道」へと変わり、やがて僕が一目見て「面白い」と感じられるものになっていた。最初は共に時間を過ごしていただけの彼女が、急に遠くなってしまったかのような、感覚。同じ場所にいながら、置いていかれているような、感覚。
 だから、僕は少しずつ彼女と距離を取るようになった。黄昏色の世界できらきらと輝く彼女の目を、直視できなくなっていたとも言う。
 ただ、最後に一度だけ。卒業と共に劇団に入ろう、という覚悟を決めたその時に、彼女と改めて向き合ったのだ。
『姫君ヒワは、これが最後と言って、一つの物語を語りはじめます。それは』
 その日の僕は。
『――天空の姫と、地底の魔王の、一つの約束の物語』
 そう、約束をしたのだ。
 
「いつか必ず、立派な役者になるから。そうしたら、君の物語を演じてみせる」
「本当に? ……本当に?」
「約束する。だから、君も物語を綴り続けてほしい。僕に届くように」
「もちろん、もちろんだよ、あたしの魔王様! 約束!」
 かわした指きり。その時、僕は初めて彼女に触れたのだと覚えている。彼女の手が、僕のものよりもずっと小さかったことを、覚えている。
 
『遠い日に出会った二人は、必ずお互いの役目を果たして、もう一度会おうと約束しました。けれど……、けれど、その願いは叶うことがなかったのです』
 僕は、玉座から立ち上がる。舞台の上の、影絵が消える。
 だって、黄昏色の影絵は全て幻想だ。物語の中に描かれた「魔王ササゴイ」と「姫君ヒワ」でしかない。
 現実はそうではない。こんなお綺麗なお話じゃない。もっと、どうしようもない顛末だ。
 彼女は多分、僕の言葉を愚直に信じてくれていたのだと思う。小説家としてデビューした、という話を聞いたのは、僕が中学を卒業して少ししてからのことだった。女子高生小説家、という肩書きが話題になったことを、今でもはっきりと覚えている。
 だが、それっきりだった。
 僕が持っている彼女の本は一冊だけ。それっきり、彼女の話題は途絶えた。よくある話ではある。
 一方の僕は、紆余曲折といくらかの幸運があって、なんとか役者として舞台に立てるまでになっていった。僕は一足飛びに階段を駆け上り続けていた。そんな日々の中で、彼女との約束は遠いものとなっていった。けれど、何かが欠けているという感覚だけが、僕の中に残っていて――。
 そして、僕は声を失った。
『魔王と姫君。二人の間に横たわった隔絶は、あまりにも深く。魔王は、約束を忘れ果てていたのですから』
 しん、と。観客席は静まり返っている。咳払いの音すら聞こえない、静寂。
 ああ、そうだ、この感覚だ。僕が長らく忘れていた、忘れようとしていた、背筋のぞくぞくする感覚。もう、この体を支配しているのは恐怖などではない。舞台に立った以上、僕はもはや「魔王ササゴイ」であり、この感覚は「魔王ササゴイ」の興奮だ。
 僕は、そっと己の両手を開く。
 この両手には何もない。僕――魔王ササゴイは、過去の影絵以外に何一つ持っていない。声を失うあの日まで、全力で走り続けたという自負はある。けれど、なりふり構わず駆けていった結果、持っていたはずのものも、取り落としてしまった。一番大切だった約束も、手から零れ落ちていたことに、気づいていなかった。
 気づいていなかったから、あの頃の僕は、聞き流してしまったのだ。
 
 ――彼女が病気がちで、ほとんど眠ったままでいる、ということも。
 
 僕が今まで見ていた「姫君ヒワ」は、彼女の夢だったのだろう。そして、彼女は今もなお、僕との約束に囚われていた。否、彼女自身が望んで、この桟敷城にいたのだ。僕との約束を叶えるために。
 なのに、僕自身が否定してしまった。もう舞台に立てないと、言ってしまった。
 それは、彼女の心を折ってしまうのに、十分すぎたのだと思う。
 今まで気づけなくてごめん。約束を忘れていてごめん。
 君を支えていたのが僕の言葉であったように、僕を支えてくれたものは、確かに君の存在だったのだと、やっと思い出せた。
 だから。
 だからこそ。
 手を伸ばす。虚空に。けれど、まだ君がそこにいてくれているのだと信じて、
 ――ヒワ。
 
「ヒワ! どうかもう一度、君の『物語』を聞かせてくれ!」
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

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●Scene:12 ショウ・マスト・ゴー・オン

 ――僕は、どうやら、本当に大切なことを忘れていた、らしい。
 黄昏色。
 それは、僕と彼女が共有した記憶の色だ。
 放課後の空き教室、密やかな対話。お互いに、今まで他の誰にも語ることの出来なかった、僕と彼女の「夢」を語り合った、全てのはじまりの時間。
 未だに舞台に散らばったままだった白紙の脚本を、ゆっくりと、一枚ずつ、拾い集めていく。何も書かれていないのは当然だ、これは元より「魔王ササゴイ」と「姫君ヒワ」の物語という皮をかぶった、僕ら二人のリアルであって、今までの茶番は僕に遠い日の記憶を思い出させるための手続きに過ぎなかった。
 そしてここから先は、僕らの未来の物語であって。僕にも、ヒワにも、「これから」のことなんてわかるはずがなくて。だから――全部、全部、白紙だった。
 だけど、今ならわかる。
 
『君ならできるさ、魔王様』
 
 かつて、黄昏色の教室で、そう言って笑った君のことが。
 
『頼むぞ、あたしの魔王様』
 
 黄昏色の劇場で、嬉しそうに笑った君のことが。
 
 ヒワ。――僕は、君の本当の名前を知っている。
 けれど、まだ幕は下りていないから、君のことをヒワと呼ぼう。僕の「未練」であるこの城に囚われていた君。今はもう、ここにもいない君のことを。
 そして、僕は両手いっぱいに白紙の脚本を抱えて、舞台の上で顔を上げる。
 視界を埋め尽くすのはちっぽけな舞台には不似合いにも過ぎる無数の客席。僕が最も恐れていたそれは、けれど、今となっては全く恐れるに値しなかった。僕の頭の中を占めているのは、どこまでも、どこまでも、ヒワのことだったから。
 先のない脚本を前に、必死に「姫」を演じていた君は、一体どのような結末を望んでいただろうか。
 遠い日のことを思い出す。黄昏色のシルエットとなった彼女は、陳腐な筋書きでありながら、当時の僕の眼を奪ってやまなかった、彼女の思い描く幻想と冒険に満ちた物語を書き綴ったノートを前に、上機嫌に言う。
『あたしはね、悲劇よりは喜劇が好きなんだよ、XXXXさん』
『喜劇?』
『そう、「すべての悲劇は死によって終わり、すべての喜劇は結婚によって終わる」ってね』
『バイロンの言葉だよな。……ざっくりしすぎだと思うけど』
『確かに、結婚ばかりが喜劇、っていうのは暴論かもしれないけど……、一度幕が上がったなら、ハッピーに終わって欲しいなって思うんだ。あたしは、そういう話を書きたいって思ってる』
 それから、と。
 にっと白い歯を見せて笑った彼女は、こうも言っていたはずだ。
『その主役が君なら、あたしはもっとハッピーだね!』
 ならば、ヒワが思い描いていた脚本の姿も、見えてくる。
 僕の考えていることが、ヒワにとっての正解かどうかはわからない。僕がそれを行動に移す意味があるのかもわからない。けれど、何となく、今までのような舞台の上での重さや不快感は不思議と感じなかったから、多分――理屈ではなく。
 僕が、僕自身が「そうしたい」と望んでいる。
 黄昏色の影が、僕が指示もしていないのに、舞台袖からマントを持ってくる。このどう見てもユニクロでそろえたとわかる上下に、黒に橙の裏地のマントなんて悪目立ちして仕方ないが、舞台に立つ以上は多少「目を引く」要素も必要だ。
 マントを羽織って、軽く腕や足を動かしてみる。随分と鈍ってしまっているが、それでも、舞台の広さと観客との距離、「どのように見えるか」は何となくわかってくる。
 舞台はあくまで有限の空間であり、その場所も、そこに立つ人間も、あくまで物語を演じるために必要なものであって、物語そのものではない。けれど、それらは何一つ欠いてはならない。それらが全て調和し合って、時に反発し、刺激し合って、そうすることで舞台の上にはそのほんのひと時だけ、現実とは切り離された「別の世界」が生まれるのだと、僕は信じている。
 そしてきっと、ヒワも、それを信じている。信じていた。
 ――ごめん、ヒワ。僕は君の気持ちに気づくのが、遅すぎた。
 君が今どこにいるのかなんて、僕にはわからないけれど。これが君に見えているのかもわからないけれど。
 僕も、もう少しだけ、僕自身に正直になってみようと思う。
「おーい、ササゴイ! ……って、あれっ、ササゴイ、珍しいカッコしてんじゃん!」
 似合ってるぜ、と駆け寄ってきたパロットはにっと笑ってみせる。本当に「似合っている」と思ってるんだか思ってないんだか。こいつはものを考えるより前に言葉にしているところがあるから、一応、こいつの感覚の中ではそれなりにかっこよく見えているのかもしれない。正直ダサT着てる奴に共感はされたくないところだが。
「そうそう、桟敷城の公演のことだ! 早く続きを見せろって」
「このままじゃあ、ただでさえ潰れそうなのに、本当に潰れちゃうからねえ」
 パロットの後ろからゆっくり歩いてきたコルヴスの声には多少皮肉げな響きが混ざっていたが、別に、僕を責めているような言いざまではない。この男は、意外と僕には気を遣っくれているのだと今になってよくわかる。
 そして、そのコルヴスも、ハンチング帽のつばを少し上げて、見えていない目で舞台上の僕を「見る」。
「おや……、少し、気分が変わりましたかね?」
 ああ、と応える代わりに頷いてみせる。この距離でコルヴスにこちらの所作が届くとは思わなかったが、それでも、わかってもらえると信じて。
「別にやめてもよいとは思ったんですよ。君は誰にも強制されていない。どう最後の週まで乗り切るか、それだけ考えていてもよかった」
 ――と言っても、もう、覚悟は決まってるみたいですけどね、と肩をすくめるコルヴスの一方で、さっぱり僕の心情なんて理解できないパロットが、ひょこっと僕の顔を見上げてくる。
 
「どうすんだ、ササゴイ?」
「ご決断を、魔王様?」
 
 本当に、今は、この二人がいてくれてよかったと思う。
 ヒワが消え、僕一人取り残されると思ったこの場所に響く二人の声は、ともすれば硬直してしまいそうになる僕の背をぽんと押してくれる。
 桟敷城は今、確かにここにあり――まだ、幕は下りていない。
 ならば、僕は。桟敷城の魔王ササゴイは。
 声無き声で、具体的には手にした脚本の一枚に書きなぐって「宣言」する。
 
『SHOW MUST GO ON!!』
 
 そうだ。
 一度舞台に立った以上、こんな形で終わってたまるか!
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

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