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シアワセモノマニア
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ハッピーをお届けする空想娯楽物語屋

No.86, No.85, No.84, No.83, No.82, No.81, No.807件]


●Scene:04 ちぐはぐなエチュード

 あれから一週間が経った。
 桟敷城の公演に対して、僕の感想を一言で述べよう。
 
 とんだ学芸会だ。
 
 いや、うん、それを言葉にしないだけの理性も僕にはある。というか、声が出なくてよかったと本気で思っている。もし好きに喋れたなら、絶対に余計な口を挟んでいたと思うし、うちと姉妹提携を結んでいる少々浮世離れしたカフェの店主二人は果たして楽しんでくれただろうか、という心配ばかりが頭をよぎって仕方ない。
 ヒワはやたらと元気がいいだけで台詞はほとんど棒読み。というより、台詞を覚えているだけでいっぱいいっぱいなのかもしれない。パロットはやたら歌は上手いし声もよく通るが、台詞なんて全く覚えてないし、覚えてないのだから台本通りには動かない。だからただでさえオーバーフロー気味のヒワが、頭が真っ白になって舞台の上で立ちつくすことも多々ある。
 そんなわけで、素人の、練習不足にもほどがある学芸会だという感想しか出てこない。
 そんな僕の不機嫌に、ヒワはとっくのとうに気づいていたらしい。勇者相手の公演の幕が下りた後、舞台袖で彼女を迎えた僕に歩み寄ってきて、こう言ったのだ。
「その、えっと、やっぱり、下手だよな。ごめん、ササゴイ」
 普段は明るく煌く瞳も、張りのある声も重たく沈んでいて、僕の顔色を伺っているらしいことはすぐにわかった。ヒワ自身も自分の演技が見られたものではないということは自覚しているのだ。自覚しながら、それでも胸を張って舞台の上に立とうとする彼女に――率直な感想なんて、言えるわけないだろう。
 それに、一度公演が始まってしまえば、不思議な「影」の演者たちを引き連れて立ち回るヒワとパロットを桟敷の上から眺めているだけの僕に口を挟む権利などない。舞台は、あくまでそこに立つ演者たちのものだ。僕のものではない。
 だから、どれだけ下手くそな、学芸会の延長線でしかない舞台であろうとも、僕は何も言わない。言ってはいけないし、口を挟みたいという気持ちの一方で「言いたくない」とも思う。
 そうだ、ヒワたちの好きにやらせておけばいいのだ。僕は桟敷城の魔王であり、一応この劇団――ヒワ曰く『黄昏劇団』の「座長」らしいが、あくまで裏方に徹していればいい。桟敷城を本当の意味で潰さないように頭を使えば、それで十分。舞台のことは、全部ヒワに任せておけばいい。脚本を握ってるのだって、ヒワなのだから。
 ヒワは、明らかに落ち込んだ、そして僅かにおびえた様子で僕を見上げて続ける。
「あの、その……、お、怒ってるか?」
 ……どうも、ヒワは舞台の上でこそ堂々と振舞ってみせるが、一度舞台を降りてしまうと意外と人見知りする性質であるし、実は人と喋るのもあまり得意ではないのかもしれない。言葉遣いこそ偉そうな雰囲気ではあるが、これは「お姫様」という役柄を通した虚勢なのかもしれない。彼女なりの、精一杯の。
 ヒワの言葉に対し、僕は、ゆっくりと首を横に振る。
 そうだ、別に怒っているわけじゃない。ただただ、もどかしいだけだ。
 舞台に立つヒワとパロットを見ているのが。それでいて、ヒワたちのために未だ何をする気にもなれずにいる僕自身が。
 まあ、何をする必要もないのだ。僕は単に巻き込まれて、勝手に「魔王」という役割を振られているだけで、ヒワのために何かをしてやる義理もない……、はずだ。
 はず、というのは、この城で目を覚ましてから、ヒワと言葉を交わしてから、ずっと何かが胸に引っかかり続けているからなのだが、それが何なのかわからない以上は考えても仕方ない。きっといつか、思い出す時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。その程度の話。
 ヒワはきょときょとと落ち着きなく視線を彷徨わせながら、僕にもう一度問いかける。
「怒ってない? 本当か?」
 本当だよ、と頷く。そんなところで嘘をつく理由がない。
「……でも、さ、ササゴイは不機嫌そうだ」
 不機嫌なのはどうしようもなく、僕の問題だ。ヒワの問題じゃない。そう言ってしまえれば楽なのに、僕にその言葉をかける声は、ない。
 代わりに、持っていたスケッチブックに文字を書き記す。
『大丈夫。ヒワは頑張ってる』
 頑張ってる。それだけではどうしようもないのだけれども。頑張るだけでどうにかなると言い切れるなら、僕らの世界はとっくに平和になっている。きっと、僕自身だってもう少しいい方向に向かっていけたはずだ。
 そして、ヒワも馬鹿じゃないから、こんなありきたりな言葉に誤魔化されてくれやしない。うつむいて、ぽつりと落とされた声が、
「……頑張っても、どうしようもないことだって、あるよ」
 いやに、僕の耳に響いた。
「空回り、してるのがわかるんだ。あたしの脚本だって、面白いかどうかわからない。ほんとは、何をしていいのかも、どうすればいいのかも、わかんない」
 わかんないよ、と。ヒワはもう一度繰り返す。
 それに対し、僕は何も「言え」なくなる。
 そんな風に思っているなんて、思いもしなかったんだ。ヒワには、全て、とは言わなくとも、少なくとも桟敷城と学芸会じみた劇の行方はわかってて、舞台の上に立っているのだとばかり思っていた。
 けれど、今、この場でぽつぽつと落とされた言葉が、僕を誤魔化すための嘘や方便とも思えなかった。
 ヒワはどうして舞台に立っている? そもそもこの「桟敷城」は何なんだ? 今まで後回しにしてきた疑問が、頭をちらつく。
 支離滅裂なのは夢の中だから。そう己に言い聞かせながら、ヒワのこの言葉も僕の頭が生み出した戯言なのかと思うと、すぐには首を縦に振れない僕がいる。
 わからない。わからないのは僕も同じというか、ヒワ以上であるはずだというのに。ヒワの「わかんない」という言葉が酷く頭の中をかき乱す。
「ササゴイ」
 ササゴイ。本当の名ではないのだけれど、いやにしっくり来る――どこかで僕をそう呼んだ誰かがいたかのような――僕の名前。
 見れば、ヒワが顔を上げて僕を見ている。どうしようもなく冴えない顔をしているだろう、僕を。
「あたし、その、ササゴイにも、舞台に立ってほしいんだ。そうしたら、きっと、何かが……、わかる、気がして」
 舞台に。僕が。
 舞台袖から、スポットライトを浴びる安っぽい舞台がちらりと見える。そこに立つ僕自身を思い描く。思い描くことはそう難しくない。けれど。けれど。
 震えだしそうな手を押さえ込んで、唇を噛み締めて。僕は、スケッチブックにかろうじて文字を書き記す。
『私には無理だ』
 その言葉を見たヒワは、「そうだよね。ごめん」と言ってほんの少しだけ笑ってみせる。このやり取りも、初めてじゃない。ただ、引きつるような笑みを浮かべるヒワを見るのは、ぐだぐだな学芸会を見せつけられるよりも、ずっと、ずっと、嫌な気分になる。
 ヒワのことが嫌なのではない。――僕が。僕のことが、嫌になるのだ。
 それがどうしてもたまらなくて、僕はほとんど無意識に、『でも』と続きをスケッチブックに書き記していた。
『練習なら付き合う。練習は、大事だ』
 そう書いた瞬間、あれだけ落ち込んだ顔をしていたヒワがぱっと顔を輝かせて、ふわり、と僕に飛びついてきた。
「ありがとう、ササゴイ!」
 その腕の柔らかさが、かかる体重の軽さが、こうして確かに触れているはずなのに酷く遠く感じる。それは、彼女が常にそのちいさな羽で浮かんでいるからだろうか。それとも……、それとも?
 ――ヒワ。
 声にならない声で、僕の肩に手を回す彼女の名を呼ぶ。
 彼女に触れるたびに、僕の胸のどこかに、何かが燻るのを感じる。言葉を交わすたびに、燻りは深く深く僕の内で広がっていく。
 こんなもの、夢なんだから、早く覚めて欲しい。
 僕は、ちぐはぐな即興劇(エチュード)を、いつまで続けていなきゃならないんだ?
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

文章


●幕間:パロット発電

パロット:やっぱり、城の主であるササゴイ様がしゃべれねーってちょっと不便だよな? 
ササゴイ:『それなりに不便』
パロット:だよなー。紙に書く以外にいい方法ねーかなー?
ヒワ:あっ、パロットって、確か電気びりびりーってできなかったっけ?
パロット:おう、そのくらいなら朝飯前だぜ!
ササゴイ:(そんなトンチキ能力あるのか、という顔)
ヒワ:それで、ササゴイのスマホを充電したら、アプリ経由で読み上げできるんじゃない?
パロット:スマホ? アプリ? 何だそれ?
ササゴイ:(既に充電の切れたスマホを示す)
パロット:あー、その、ちっちゃい端末?
ササゴイ:(頷く)
パロット:よーし、俺様のパワーを見せちゃるぜ! よいしょー!

 電撃を受けて、ばちん、と音を立てるスマートフォン。
 続けて漂ってくる、焦げ臭い香り。

パロット:……………………。
ヒワ:…………………………。
ササゴイ:……………………。
パロット:ごめん。
ササゴイ:『素直でよろしい』
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

文章

IFTTTを使ってDiscordにてがろぐの更新情報を流すことに成功した。ありがとう偉大なる先人たちよ。
こういうガジェット使いこなせるようになりたいな~というのは心から思うところ!
もっとなんかいろいろ遊べるといいなあ。今はぜんぜん思いつかないけど……。

作業

笹垣五月については後で虚構作劇会としてまとめるけど雑多な設定メモをこちらに。
ちょこちょこ加筆していって、後でぎゅっと圧縮する予定。

▼笹垣五月(ささがき・いつき)
病で声を失った若き舞台俳優。年齢は多分30前後。
声を失ってから芸能界を退いて腐っていたが、何だかよくわからない異世界で色々あって、ちょっと元気と勇気が出た。
今は声が出なくてもできることはあるはずだ、と再び舞台に立とうと足掻いている真っ最中。
演技にはストイックだがそれ以外のことにはあまり頓着しない。理想の芝居のために色々と削り落としすぎてしまったっぽい。
普段は携えている電気式人工咽頭で喋る。

五月、経歴はぼんやりしてるんだけど、そもそも役者として有名になったきっかけは、仮面ライダー的な特撮のいわゆる2号ライダー役だったという謎の設定があり、そのあとは本格的に舞台に活躍の場所を移したというおはなし。
役柄としては主役よりもその脇を固める役柄が多い印象。
舞台でやっと安定して仕事ができるようになってきたころに病気で声を失ってしまって、芸能界を一度は去り、そして色々あって再び戻ってきた感じ。

性格……性格……???(桟敷城を読み返しながら)
頭の中ではよく喋ってるしどちらかというとツッコミ気質だと思うんだけど、実際にツッコミに移す勇気はないかもしれない。
元々素はシャイというか、あまり自分を表に出すのが得意ではないところはある。
ただ、気を許した相手を前にすると突然大胆になったりするのでよくわからないんだよな……わからない……。
自分でもその突然の大胆さを制御できなくなったりして慌ててるので多分天然なんだと思う。
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創作

今日までマンション人狼をやらせていただいており!
勝てました!! やったぜ!!
いやこれは人狼がめちゃ強かったありがとうございます(完全に勝たせてもらったC国狂人)。
騙りしなくてよいと思ったけど事実上足音の騙りになるのでめちゃめちゃ頭使うなこれ……!!
いきなり賢者と狂人の真っ向対決になっちゃって「ひえー」って顔をしてしまったし、
直後賢者が吊られたので、想定していなかった狼陣営の目が点になっててげらげら笑ってしまった。
でも言葉で説得しないでいいのはやっぱり心が楽だよ~。楽しかった~!!

遊び


●Scene:03 魔王、姫、吟遊詩人

 桟敷城。
 それがこの「城」の名前であるらしい。
 照明も装飾もぎらぎら輝きながら、どう見ても張りぼてだとわかってしまうちっぽけな舞台に反して、やたらと数だけは多い観客席によってできているこの建築物について、詳細は何一つわかっていない。ただ、僕が望みさえすれば――何故かヒワが渡してきた金と引き換えに、様々な形に変えることができるのだそうだ。
 そして、「できそこないの世界」と呼ばれているらしいこの世界において、魔王とは、一週間に一度、次から次へと現れる勇者相手に商売を営むものであるらしい。どういうことだ。
「そういうものなんだ。あたしもその辺の仕組みは、実はよくわかってない」
 ヒワはそう言って唇を尖らせた。今、僕らがいるのは舞台裏で、今日は勇者を迎え撃つ日だ――と、僕は認識している。まあ、夢の中なので、時間の感覚が曖昧なのは当然だろう。というか、この夢早く覚めないかな。
「そんなわけで、桟敷城を経営するのが、魔王様の役目なんだ」
 はあ。
 つい溜息をつきながら、僕は、手元に置かれたメモ帳にペンを走らせる。
『経営、具体的に何を?』
 この桟敷城に元からいた二人――ヒワとパロット。どう見ても日本人じゃないこの二人に筆談が通用するかは正直不安だったのだが、どうやら普通に日本語は読めるらしい。
 というより、お互いに別の言語を喋っていても通じる、不思議な仕組みが働いているのかもしれない。ヒワは最初から僕にわかる言葉で語りかけてきたが、パロットの言葉は日本語のようであって、時々英語のような発音が混じって聞こえる。要は、頭の中に自動翻訳機能が入っていて、僕の知っている言葉に訳しきれないニュアンスだけが本来の音声で伝わってくるような感覚なのだ。これも夢だからだろう。そういうことにしておこう。
 かくして、何故か僕に「さらわれた」ことになっているが、実際には僕よりも前にこの桟敷城にいたお姫様・ヒワが、背中の小さな羽根を広げ、鮮やかにドレスの裾を翻し、その肩書きに相応しくどんと仁王立ちして――前言撤回、これ全然「お姫様」には相応しくなかった――言う。
「勇者にものを売るのだ! と言っても、うちは劇場だからな。どちらかといえば、乱暴な勇者様を狙って桟敷城に引きずり込んで、楽しんで帰ってもらう、みたいな感じと思ってくれればいいよ。それで手に入ったお金で、桟敷城を改築! ついでに演者も雇っちゃえ! って感じでお金を回していくのだ。その辺の管理をするのが、魔王ササゴイ様の役目なのだよ」
 どんな世界なんだよここ……。魔王と勇者の関係性がさっぱりわからない。普通に商売をする人間とその客、って考えればよいような気はするが。要は稼いだ金で劇場を立派にしながら、その立派さに見合う役者をそろえて、勇者たちを楽しませる。で、次回作のチケットもしっかり買わせて、その金でまた以下略。そういう感じだろう。
「あっ、ちなみにこの世界、あと十四週くらいで滅ぶんだった」
 ――はあ?
 声が出ないとわかっていても、思わず口を開いてしまった。
『なぜ?』
「んー、何か神様が云々とか色々あるみたいだけどあたしはよく知らないんだ。パロットは?」
「えっ、俺様に聞く?」
 あっちこっちをうろうろ落ち着きなく歩いていたのは、派手な頭をした男――ヒワ曰く「吟遊詩人」のパロットだった。
 舞台上にいる時にはそこまで気にならないが、こうして同じ床の上に立っていると、僕より断然背が高く、肩は張り出していて、腕は太いし胸板も厚いとわかる。要するに「身体を使うために鍛えている人間」だ。今の僕なんて片手で捻り潰されておかしくない。吟遊詩人というか、これ、どちらかというと武器持たせて護衛にしておいた方がいいんじゃないか、というレベル。実際、時々舞台をぶち壊そうとする勇者を殴る。
 でも、歌がやたら上手いのは初日から明らかだし、今だってとんでもなくいい声で鼻歌を歌っていたのだから、人は見かけによらない。ついでに、こんなでかくて派手で強そうなやつだが、とても人懐こくていつもニコニコしている。楽しそうなのはいいことだ、が。
「俺様の鳥頭ご存知でしょ? 人の話なんて覚えてるはずねーだろ」
「だよね。うん、期待してなかった」
 大丈夫、僕も期待していなかった。
 このパロットという男、しばらく一緒に過ごしてみてわかったが、本当にとんでもない鳥頭だ。三歩歩いたら、どころか次の言葉を聞いたら前に聞いた言葉が完全にすっぽ抜けるレベル。と言っても何もかもを忘れるわけではなく、自分の興味のあることにはめちゃくちゃ食いついてくるし、言われたことも忘れないので、要は人の話をろくに聞いてないってだけなんだと思う。
「ともかく、もうすぐ世界が滅ぶらしいんだけど、何かもしかすると魔王様が頑張るとどうにかなる、かもしれないらしい」
 今の言葉、何一つとして確定情報がなかったぞ。大丈夫かこれ。
 僕の呆れと不安を察したのか、ヒワは腕をぶんぶん振り回し、ついでに背中の羽もぱたぱたさせて十センチくらい浮かび上がる。こんな小さく頼りない羽でも、この劇場の中に限っては自由に飛べるという辺り、やっぱり夢ってすごいなー。
「大丈夫だ! 魔王ササゴイ様ならなんとかしてくれる! なにしろ強くてかっこよい! そして金を稼ぐセンスもばっちりだ! きっと!」
 僕は強くもかっこよくもないし、ついでに金を稼ぐセンスがあったら、今頃家でごろごろしながら株かFXか何かでもう少しよい暮らしをしていていいと思う。そういうセンスがないから、コンビニ飯でぎりぎり食いつなぐような羽目になってるんじゃないか。
 そう、そうだ。
『なぜ、私が魔王なんだ?』
 これが、この一週間を過ごしてみた僕にとって、未だに解決できてない謎だ。ちなみに書き言葉で「私」なのは正直「僕」ってやたら画数多いし、「ぼく」ですら「私」と画数が変わらないからだ。
 すると、ヒワはにひっ、とお姫様らしからぬ笑い声を立てて、白い歯を見せる。
「なんでだと思う?」
 わからない。わからないから聞いてるんだ。
 もちろん、ヒワだって、僕が答えを持たないことはわかっていたんだと思う。空中でステップを踏んで、スカートの裾がくるりと回る。
「実は、その答えは、この脚本にまるっと書いてあるのだ!」
 言って、ヒワは「ばばーん」と口で言いながら、どこからか分厚い一冊の本を取り出す。表紙には手書きで「さじき城の魔王」と書かれていた。――『桟敷』が書けなかったんだろうな。僕も手で書けと言われたらちょっと不安だ。というか多分無理だ。桟敷の「桟」が多分木偏だったことくらいしか思い出せない。
 とりあえず、渡された本を小脇に抱えて、メモ帳にペンを走らせる。
『君が書いた?』
「そう、あたしが書いたんだ!」
 つまり、何もかもはヒワが描いたシナリオ、ってことか。この世界の仕組みはヒワの認識の外のようではあるが、最低限、この桟敷城での役割に関してはヒワの手の上にあるらしい。
 手の上、とわかったところで不満があるわけではない。何一つ、目的もないままに、この意味不明な夢の中で生きていくくらいなら、何か役割を与えられていた方がずっと気が楽だ、とも思うのだけれど。
 表紙をめくり、少しだけ、脚本に目を通してみる。魔王ササゴイは天空の姫ヒワを攫い、己の城である桟敷城に軟禁する。ササゴイがヒワ姫に望んだことは、己を楽しませること――。どこかで聞いたような筋書きだし、正直面白いのかどうか、この数ページを見ただけではさっぱりわからない。
 ただ、それでも、一つだけ聞いておかなければならなかった。
『私も、舞台に立つのか?』
「え?」
 魔王ササゴイに台詞はなく、ト書きだけが記されている。後で書き直したのか、それとも最初から知っていたのか。それは僕にはわからない。わかりたい、と思うわけでもない。
 それでも。
『立たなきゃ、いけないのか?』
 僕の問いかけに、パロットは首を傾げた。僕の「言葉」の意味をわからなかったに違いない。けれど、ヒワは。
「ササゴイが嫌なら、強要はしないよ」
 一瞬。ほんの一瞬だけど、どこか、失望したような……、否、少し違うような気がする。とにかく、何か苦いものを飲み込んだような顔をして、それから、にこりと笑う。今度こそ、絵本の中に出てくる「お姫様」のような、完璧な笑顔で。
 そして――ヒワは両腕を広げる。ヒワの影から、僕の影から、何人もの人影が生まれる。たった三人であったはずの舞台裏に、幾人もの、言葉通りの「影」の演者が現れる。
 それらを率いて、姫君は笑う。ただそこにいることしかできない僕の心を、まるで見透かすように。
「魔王様は、舞台に立たなくたっていい。でも、あたしたち『黄昏劇団』は、桟敷城の魔王ササゴイのものなんだ。だから――君が導いて、魔王様。お願い」
 その言葉に、僕は頷くことも、首を横に振ることもできなかった。
 ただ、手の中の脚本の重みを。未だ中身も定かではないシナリオの重みを、確かめることしかできなかった。
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#桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!

文章

というわけで「魔王」ササゴイのちょっと不思議な物語『桟敷城ショウ・マスト・ゴー・オン!』を公開開始しました。
元々は霧のひとの定期更新型ゲーム『四畳半魔王城』の日記だったんですけど、結構話としてまとまっていると思うのでお気に入りなのですね!
(ゲーム自体はちょっと途中で脱落してしまったので、日記も後からまとめて書いた部分はあるんですが、それでも……)
全16話、毎日のんびりペースで追加していけるといいなぁ~!

作業