home book_2
chat
シアワセモノマニア
シアワセモノマニア

シアワセモノマニア

ハッピーをお届けする空想娯楽物語屋

No.3029

ちょっと、つらつら考えてて面白かったことを以下にまとめておこう。
(なので別に今何かを嫌がってるとか、負担に思ってるという話ではないという但し書きをめちゃくちゃしつつ!!!)

あざらし、そういえばTRPGやるときに、「ぴくるーでキャラの顔を作る」ってのがめちゃ苦手であるということを思い出してて……。
(もちろんひとが作る分には全然よいです! 世にそのキャラクターさんのイメージが増えることはとびきりうれしいことのため!! その一助として最高のツールだと思ってます)

で、この苦手さは、絵を描ける人なら「描いた方が早い」になるのはわかるんだけども(あざらしも今ならそう)、あざらしのこの気質は実は絵が描けなかった頃からのもので、とにかく「立ち絵はぴくるーでもよいですからね!」と言われても、「自分のキャラのイメージに合うぴくるーを探しに行く」のが苦痛だったのだな、ということを思い思い。
でも前述の通りぴくるーで作ったものが嫌って話では全然なく、例えば「このぴくるーで作って!」って言われたらあざらしも大喜びで作るんですよね。絶対に楽しんでる。

なのでこれは「探しに行ったさきにたくさんありすぎる」「自分のやりたいことに近いものを探す」「探すのに時間がかかる」「それがTRPGに使っていいものかを確認する必要がある」とか、いくつかのハードルが同時に存在していて、そのハードルの高さはともかく、ハードルがいくつかあるってこと自体がめちゃ心理的コストなんだな~……。ということを思う。
ぴくるーで顔を作ることは楽しいのに、そのぴくるーを探しに行くのが心理的コストになってしまっていた、ということ。

たぶん、あざらしは「探す」ということのコストの高さに耐えきれないのかも!
ただ、例えば「このルールブックに書いてあるはずの特定のルールを探す」とかは平気で、つまり範囲指定をされてればむしろ喜ぶ、みたいなとこもあり、なんだろな~途方に暮れてしまうタイミングが人より早いのかも?
自分が慣れてるものに関してはこの途方に暮れるターンが少なくなる、みたいなのもあるのかもな~。
畳む

いま